157話 まさかのキング


50円の飲み物だけ買ってスタンドに向かうと、ちょうど、開会式が始まるところだった。


日本陸連の偉い人が開催を宣言して、花火が上がる。

そして第1種目。

女子800mの選手がトラックに姿を現すと、ブラスバンドが演奏を始めた。

軽快なマーチのリズムに、手拍子が起こる。


「おほ?」


聡志が変な声を出して、僕の肩を叩く。


「上、上」


「ん?」


ほかの観客も、ほとんど同時に気付いたようだった。

見上げると、青空に真紅のパラシュートが木の葉のように舞っていた。


ブラスバンドの演奏の中、その姿が徐々に大きくなってくる。

そして、エンディングと同時に鮮やかにフィールド中央に着地した。

拍手が起こり、ゴーグルを外したその人物が電光掲示板に映し出される。

歓声。そしてどよめき、拍手。


男子100mの元世界記録保持者、キングダム・テイラーだ…!


「おーっ!キング!」


思わぬサプライズに、僕も思わず手を叩いた。

 

何がすごいって、インストラクターとタンデムじゃなくて、一人で飛んできたのがすごい。

女性司会者の紹介によると、スカイダイビングが趣味なのだそうだ。


「よくできるな。おれぜってー無理」


「あたしも…」


加奈と聡志が仲良くぶるりと震える。

高所恐怖症らしい。


大きな拍手の中、テイラーはそのままスタート地点へ。

最初の競技、800mのスターターを務めるようで、電光掲示板に姿が映し出されている。

終始、笑顔でご機嫌のようだった。


選手の紹介が終わると、いよいよスタートだった。

競技場が静まりかえり、選手がスタートラインにつく。

そして、テイラーによる号砲と同時に選手がスタートし、ブラスバンドが高らかにファンファーレを鳴らした。

劇場的な大会の開幕だった。


「おーっ…!」


レースは、本多由佳里の独壇場だった。

圧倒的大差でゴールすると、ばーっとトラック上にチアガールが出てきた。

スタンドに分散していたチアガールも同時に立ち上がり、セクシーに踊る。


あれは…、米ナスマンダンスだ…!

そうか。

あのダンスが、ここに帰結するわけだ。


米ナスマンの着ぐるみが観客に拍手を促す。

米ナスマン何ちゃらの曲に合わせ、大きな拍手が響く。

本多が笑顔で両手を持ち上げて、もっと大きく拍手をするようにスタジアムを煽る。

拍手でスタジアムが包まれて、最後にドバーンと空砲の花火が鳴った。


「おーっ!」


それから、なぜか野球のユニフォームを着た中学生が出てくる。

そして、中学生たちが次から次へと観客席に投げ始めた。

ボールを拾うと、あとでちょっとした記念品がもらえるらしい。


「わーっ…!」


ボールに観客が殺到する。

メインスタンドはお客さんがいっぱいで倍率が高い。

人の少ないバックスタンドがねらい目か。

そっちのお客さんは大喜びだったけど、ケガしないでもらいたい。


「それではさっそく、表彰式に移ります!」


普段の大会と違うのがここだ。

競技終了後、メインスタンド前で直ちに表彰式が行われる。


「では、優勝した本多選手、ボタンをどうぞ!」


表彰台に2着3着の選手が上ると、女性司会者が本多に合図をする。

電光掲示板の画像が、効果音とともに目まぐるしく回転する。

本多が表彰台前に設置されたテーブル上のボタンを押すと、ゆっくりになっていって…。


「おーっ」


そう、スロットの出た目によってもらえる副賞が決まるのだ。

当たり外れがあるという話で、いい商品はものすごい価値があるらしい。

本当かどうかは知らないけど、杏子さんがそう言っていた。


「あーっ」


だんだんスロットがゆっくりになっていく。

よさそうな商品が過ぎていくたびに、歓声が起こる。


そして最後に、スロットがとまって点滅したのは、ミネラルウォーター10年分だった。

女性司会者が、宣伝を兼ねて商品を紹介する。

10年分は約600ケースと説明すると、どっとスタンドに笑いが起こった。

表彰台の選手たちも苦笑している。

2位の選手は300ケース、3位の選手は150ケースらしい。

まさかいっぺんにもらうわけじゃないだろう。


3人が目録をもらって表彰台で記念撮影。

その後、急いでジャージを着た8人がバックストレート側に移動。

スタンドの手前の台にのぼって、100mほど歩きながら、即席のサイン会兼撮影会だ。

普段あまりお客さんのいないバックストレート側が、今日はものすごい混雑だった。

こういうのは、わざわざ足を運んでやってきた人はものすごくうれしいと思う。


「あれ。聡志は?」


「とっくに向こう」


新見がバックストレートを指差す。

電光掲示板を見ると、本多にサインをもらう聡志の姿がちらりと映った。

今まで見たことのないような最高の笑顔だった。


「なんかすごいショーアップされてるね」


と新見。


「うん。チアガールがいっぱいいる」


「星島君が見るの、やっぱりそこなんだっ…!」


「あ、いや、そういうあれじゃないけど!」


思わずしどろもどろになってしまったけど、男子なんだからしょうがないじゃないっ…!

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