152話 混然とした予選会


しばらく観戦して、昼前にミキちゃんとこっそり2人でご飯を食べにいく。


毎度毎度、みんなでぞろぞろ行くので、2人きりの外食は久しぶりかもしれない。

最近、お昼はお弁当だし。

朝と夜はミキちゃんがつくってくれるので、基本的に外食はしないのだ。


「ごちそうさまでしたっと」


「ごちそう様」


外食といっても、ファミレスのミートソーススパゲティ。

不味くはないが、ただお腹を満たすためだけのものだ。

それも、あまり多くない。

まあ、レース前にお腹いっぱい食べるバカはいません。


「全然足りないなあ」


店を出て、競技場のほうに歩きながら嘆く。

結んでいた髪の毛をほどいて、ミキちゃんはぶるんと首を振って軽く手ですいた。


「続きは夜ね」


「ごちそう?」


「ごちそう」


「わーい」


スタンドに戻ると、女子100mが始まるところだった。


聡志らが見当たらなかったので、2人で適当な場所に座る。

手元にスタートリストがないので、誰がいつ走るか分からない。

レースの1時間くらい前に、招集所の前に張り出すようだ。

あとで男子100mもチェックせねばならない。


「んー。年齢順かな?」


「そうみたいね」


中学生からスタートするらしく、ひよこみたいな女の子がピヨピヨぞろぞろ出てくる。


中学生や高校生は、意外と参加できる大会が少ない。

トップレベルの選手だとあれこれ出場できるが、普通の高校生だと少ないのです。

インターハイ、国体、新人戦くらいなもの。

地区予選や県大会レベルの選手だと、すぐに終わってしまうのである。

特に田舎だとそんな感じだ。


なので、誰でも参加できるこういう大会はありがたいらしい。

中高生はかなりの人数が参加しているようだ。


「お、出てきた」


やっと、高校生まで終わったらしい。

うちの1年生の女の子が3人出てきて、同じ組で準備を始めた。


「ありゃ。エントリー順なのかな?」


「そうかもね」


選手紹介もないし、ベルトコンベアーみたいな進行だ。


4組ほど終わって、2年生の宝生さんが出てくる。

この年代は中高生ほど多くはないようで、3組終わると真帆ちゃんと加奈が出てきた。

宝生さんも、12秒09と好タイムだったが、今日のハイライトはここだろう。

加奈と、今年の日本選手権2位の真帆ちゃんだ。


テレビカメラも回っているようで、スタンドの観客の注目が集まる。

今日の加奈は、まずまずリラックスしているようだ。

緊張していることはしているのかな。

でも、185センチの巨躯をぶらぶらさせて、何か真帆ちゃんとしゃべっている。


「いつもあのくらいだといいんだけど」


ミキちゃんがつぶやく。

確かに、大舞台で硬くなってしまうのはアスリートとして致命的だ。

これはもう、千晶さんを見習って慣れてもらうしかないのだが…。



「うおおおおおおっ」



相変わらず、この状態の加奈は無敵だった。

巨体を滑らかに動かし、スピードに乗った走りでほかの選手を置き去りにする。

そして、11秒25という素晴らしいタイムで大型バイクのように100mを駆け抜ける。


「11秒25っ!」


スタンドが大きく沸く。

日本記録まであと0秒02だ。


加奈にテレビカメラが寄っていく。

ぎこちないながらも、笑顔でカメラに手を振る。

近いうちに、日本記録の更新はあるかも。

いや、あるだろう。

大きな大会での活躍は期待できないけど、タイム的にはいつか出せそうだ。


「いつもこの感じなら、最高なのにね」


「うん…」


「まだまだ伸びしろはあるから、楽しみかも」


ミキちゃんは言ったけど、加奈の問題はテクニックでもパワーでもなくてメンタルだ。

お豆腐メンタル。

本当、どうにかならないものだろうか…。


それからもう少しだけ観戦して、そろそろ身体を動かしておこうとサブトラックに向かう。

女子100mに出た選手がいっせいにダウンしているせいだろう。

サブトラックはかなり混雑していて、僕は面食らってしまった。

普段、絹山競技場のサブトラックがこんなに混むことはまずない。


「お疲れさま」


「あ、うん」


ミキちゃんが、通りかかった新見に声をかける。


今日の新見は、11秒62とそれなりにしっかりまとめてきた。

本来の新見からすれば物足りないが、まずまずのタイム。

やっと冬眠から覚めたというところか。

よかった。復活してきて…。


「今日は、わりと、頑張ったつもり!」


フンスと、鼻息が荒い。

表情も、心なしかいつもより明るい。


「そうね。ひざは?」


「大丈夫。何か2年前より動けてる気がする」


「筋肉付いたからかしら…」


「そうかも。体調戻ったらいけるかもしんない」


「そうね。今、疲労のピークでしょう」


「うん。疲労抜いて、グランプリは頑張っちゃうよ!」


新見が宣言し、一瞬、会話が途切れかけたところで、


「ごっはんっ、ごっはんっ!」


いつものように節を付けて歌いながら、加奈と真帆ちゃんが前を通りすぎていった。


そのあとをぞろぞろと、宝生さんや1年生の女の子が付いていく。

ピヨピヨと、カモの親子みたいだ。

みんなで一緒にご飯に行くらしい。

何となくそれを見送った後、新見は薄く笑った。


「もう、3年生なんだねえ」


「うん」


思わず僕も笑ってしまう。

入ってきたときのイメージが強過ぎて、後輩を引き連れて歩いていく姿に違和感がある。

 

だけど、現実に加奈はもう3年生だ。

天然っぽい面白さでわりとみんなの人気者になっている。

慕う後輩も少なくないようだ。


「あ、あ、犬塚仁だ!」


ふいに、新見が言って僕の腕をぐいぐいと引っ張った。


目くばせされて、見てみると、確かに芝生の上に男性が2人いた。

一人は中年のおじさん。

もう一人がそうなのかもしれないけど、黒いキャップをかぶっていてよく分からなかった。

近寄ってみたら分かるかもしれないけど、遠目には分からない。


「え、あれ、そう?」


「うん。うわ、本物だあ!」


新見は興奮気味だった。

何だかちょっと悔しいけど、とにかく、そうらしい。

言われてみると、何か周りの人がちらちら見てひそひそと噂している。


一応この大会では、有名人はプライベートで参加しているので、サインや握手、写真撮影などは自重してくださいと公式にアナウンスされている。

だからなのか、周囲にバリアが張られたような感じで奇妙に空間が空いていた。

誰も犬塚仁に近付こうとしない。


「うわ、かっこいいなあ。サイン欲しいなあ…」


新見がそんなふうに言う。

何か、僕がどうのというわけではないけどジェラシーだった。


「ふうん。もらってくれば、いいじゃない」


「でも、遠慮してって言われてるし」


「新見なら、有名人だから、もらえるんじゃない?」


「うん…、え、星島君、なんか怒ってる?」


「べっ、別にっ、やきもちなんかじゃないんだからっ」


「あははは。何それ」


犬塚仁がいたせいか、それとも全年齢の記録会のせいか、ただ混雑しているからなのか。

とにかく、何となくサブトラックの雰囲気がいつもと違う。


少し身体を動かしていると織田君と金子君がやってきたけど、二人とも何となく落ち着かない様子だった。

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