150話 日本スーパーグランプリ予選会


それから数日、僕は体調を崩してしまった。


疲れもあったのかもしれない。

この一番大事な時期にと思ったが、わざと体調を崩したわけではないので仕方がない。

火曜日までずっと寝て休んで、水曜日から練習を再開した。


その週末、横浜スプリントチャレンジに出場。

午前中と午後に1本ずつ走り、10秒29と10秒35。

安定はしているが、A標準は突破できなかった。

だいぶ、焦りはある。

しかし、向かい風の中だったので、調子は上向いていると信じた。


そして、7月の最初の日曜日。

いよいよ、アサミACの社運をかけた日本スーパーグランプリの予選会が始まった。

全国、数十箇所で開催される。

広い北海道や岩手、あるいは人口密集地の都道府県では複数開催される感じだ。

ここでこけたら、本当に大変らしい…。


絹山市は、生憎の曇り空だった。

午前7時。

絹山陸上競技場についてみると、朝早くから受け付けのところに長い行列ができていた。


「わー。混んでる」


ミキちゃんと二人で列に並ぶ。

並んでいる人だけで、100人くらいはいるだろうか。

小学生くらいの子どもから中高年の方まで。

男女を問わず、ジャージ姿で並んでいて、何だかそれは異様な光景だった。


「みんなのぶんもエントリーするんだよね」


「うん」


ミキちゃんは何枚も、エントリーシートを手にしている。

マネージャーの仕事です。


「時間かかるかな」


「先行ってていいわよ」


「あ、いや、いいけど」


テーブルに、ノートパソコンが置いてあるだけの比較的簡素な受け付けだ。

 

女の子が5人、受け付けをしている。

エントリーシートと参加費を受け取ったら、シートを切り取り線で切り取る。

スタンプを押して、半分を参加者に渡す。

それで、男性スタッフがノートパソコンに次から次へとデータを入力していく。


入力はともかく、受け付け自体はそんなに時間がかからない。

列はスムーズに進んでいった。


「お待たせしました」


僕たちの番が来て、エントリーシートを手渡す。


すぐにエントリーは終わって、とりあえずスタンドに向かう。

いつもは閑散としている競技場前の広場に、たくさんのテントが並んでいる。

人がいっぱい。

わりとにぎわっているので、ちょっと気になるかも。

興味をそそられて、僕はミキちゃんの袖を引っ張った。


「何?」


「見てこ」


「何も買わないわよ」


「見るだけ」


ミキちゃんを引っ張って、縁日みたいな中を歩く。


別に大したものがあるわけじゃない。

お弁当とかホットドッグとか、そんなのだ。

ライテックスのブースもあって、杏子さんが言っていた特製シューズも売られていた。

買うと、犬塚仁の直筆サイン色紙が付く。


「ぬぬぬ?」


というか、その先のほうにあるブースが問題だった。

いい匂いがしていて、何かと思ったら米ナスの田楽を売っている。

そして、売っているのはうちの1年生の女の子だ。

それを指揮しているのが、ナニワのあきんど、知香ちゃんだった。


「ちょ。何してるの?」


声をかけると、知香ちゃんがびっくりした顔をする。


「げ。星島君か」


「げって何さ。てか何してんの、こんなとこで」


「見たら分かるでしょ。JA高知とタイアップしてんの!」


いやタイアップまでは見ても分からない。

米ナスの田楽の隣のテントで、ベースマン寺崎が米ナスマングッズを売っていた。

看板にでかでかと、日本スーパーグランプリ公式グッズと書いてある。

よく見ると、真夏なのに、米ナスマンの着ぐるみがベースを抱えて変な躍りをしている。


あれはそう、米ナスマンダンスナンバー1、頑張りたガール音頭か何かだ!

と気付いたのは、たぶんこの会場で僕一人だけなのではないか。


「ついにこんなところまで到達したのか…」


「まあねっ」


ぐいっと胸を張る知香ちゃん。


「ま、キャラクターグッズは驚くほど売れないけどね」


「売れないんだ」


「もう、腰抜かすくらい売れない」


「そりゃなあ…」


米ナスマングッズ…、可愛いかもしれないけどね。

昨今は、ゆるキャラとか供給過多だし。

まともなデザインの、Tシャツやタオルなんかはそこそこ売れているようだ。

普通に、ロゴとか入ったまともなデザインのやつだ。


あと、杏子さんの写真集が今日発売になったみたい。

それもけっこう売れているらしい。

僕もあとで買う予定だ。

だけど、米ナスマン関係がさっぱり。


「アイスは売れてるけどね」


「あー。美味しいの?」


「まあ普通」


「普通か…」


辛うじて売れているのは、米ナスマンアイス・チョコミント味くらいらしい。

本当につくったのも驚きなのだが、100円なので、ものは試しという感じかな。


というか、米ナスマングッズは公式グッズだから、それを売っているのはいい。

米ナスの田楽もよかろう。

長ナス1袋198円は、ちょっとぶれているが目をつぶる。


だけど、ピーマン一袋78円はどうなのか。

しかも、そのへんのスーパーより安くて品質もいい。

ミキちゃんが手にとって、まじまじと見ているではないか。

さすが、JA高知!


「CDも全然売れてないし」


知香ちゃんが躍る。


「CDも出してるのか」


「米ナスマンダンスナンバー・ザ・ベスト」


「さっきから流れてるやつ?」


「そう」


それに合わせて、着ぐるみと知香ちゃんが躍っているらしい。

もうベスト盤が出ているのはともかく、メディアミックスが早過ぎやしませんか…。


「もももも」


音楽が変わり、アップテンポな曲になると、米ナスマンの動きが激しくなる。


しかし、さすがに限界が来たようだ。

米マスマンが知香ちゃんの肩をたたき、両手でバツ印をつくった。

自分を指さしてバツ印、を何度も繰り返している。


「何?限界?」


知香ちゃんが聞くと、米ナスマンがこくこくとうなずく。


それはそうだ。

真夏に着ぐるみだけでも、めっちゃ大変。

重いベースを抱えて躍っていたら、比喩ではなしに死んでしまう。

決して真似しないでください。


「仕方ないな。休憩」


「もももーも」


テントの裏のほうで、ベースマンが米ナスマンの着ぐるみを脱がしにかかる。

何だかちょっとややこしいが仕方がないのだ。


「誰入ってるの?」


聞いてみると、知香ちゃんがにやりと笑って変なポーズをした。


「ふっふっふ。予想だにしない人物が入ってるのだ」


「え、誰?」


「当ててみそ」


誰だろう。

予想だにしない人物。

うちの家族が入っていたら驚くだろうが、まさかそんなこともあるまい。


「この方でした」


ベースマンがそう言って米ナスマンの頭をとると、ミキちゃんがため息をついた。


「何してるんですか…」


汗まみれの顔で笑ったのは、山倉教授だった。

いつだったか、ミキちゃんに殴られた教授だ。

まさか、ここでかぶせてくるとは誰が想像しただろう。


というかおっさん、何してるんだよ…。

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