148話 世界は遠く


翌日、日本選手権最終日。

男子100m決勝。

曇り空、東南の風、気温20度前後で、コンディションはまずまずだった。


いまいちな走りだったので、結果だけ示すけど、以下のとおり。


1着 10秒15 本間隆一(ライテックス)

2着 10秒23 後藤俊介(鳥羽化学)

3着 10秒31 星島望(絹山大学)

4着 10秒31 柏木和文(東南銀行)

5着 10秒33 本間秀二(絹山大学)

6着 10秒34 浅田次郎(辰川体育大学)

7着 10秒45 土井恒星(神奈川陸協)

8着 DNS 玉城豊(北海道AC)


今年の優勝は、日本記録保持者の本間隆一。

そして2着に、インカレ4連覇の後藤俊介。


大混戦だったのは、3着以下だ。

柏木さんとは、同タイムだが着差ありで、何とか僕が単独3位。

本人曰く、ひざの調子が万全には程遠いとのこと。

それでこの結果なのだから、怖い人だ…。

 

僕にとって救いだったのは、今シーズン絶好調の玉城豊が決勝を棄権したこと。

アップ中に姿を見たので、何か違和感があって、大事をとったのかな。

出てたら、間違いなく3着以内に入っていたと思う。

おかげで、首の皮1枚つながった感じだ。

はっきり言って微妙な走りだったが、3位に入ったのは大きい。

どうにか、代表に選ばれる可能性があるかもしれない。


もう一度、代表選考について整理しておこう。

現在、A標準を突破しているのは3人。

そのうち、日本選手権で優勝した本間隆一は、代表決定。


日本選手権で準優勝、A標準を出している後藤俊介はほぼ内定。

98%くらい、間違いないと言っていいだろう。

選考委員が酔っていない限り選ばれるはずだ。


3枠目の最有力が、仲浜の戻りガツオこと、星島望。

日本選手権で3位に入ったので、ぎりぎり切符は手に入れた感じだ。

7月末までにA標準を出せば、代表入りが決まると思う。


もし駄目だった場合、A標準を出した誰かが代表に選ばれるだろう。

タイム的に考えて、やっぱり玉城豊かな。

ほかにA標準を突破した選手はいないし。

まあ、まだ期間があるし、誰がタイムを出してくるか分からないけど…。



(うーん…)


煩悶としながら、電車に乗って絹山まで戻ってマンションへ。


ご飯目当てに、新見がついてきている。

今日はいっぱい付いてきています。

ちょんまげ真帆ちゃんと、水沢さん。

高校の後輩の織田君に、加奈に、金髪の宝生さんもいる。

ロシア人顔の聡志もいます。


千晶さんと亜由美さんの優勝祝いをしたかったけど、杏子さんと一緒に帰ってしまった。

まあ、昨日ちょっとやったからとりあえずはいいだろう。


「今日は何かな、何かな」


満面の笑顔の新見。

少し思案顔のミキちゃん。


「下ごしらえはしてあるけど、もう一品何かつくろうかしら。足りるか自信ないわ」


「えへへへ。いっぱい食べちゃうよ」


「ちょっと買い物行ってくるわね」


「あ、私行きますよ」


と、水沢さんが立候補する。

ミキちゃんはちょっとだけまばたきをしたけど、すぐメモを書いて手渡した。


「じゃ、これお願い」


「はい」


「あたしもいこっと」


「あたしも。織田君、荷物持ち!」


「はーい」


真帆ちゃんと加奈と織田君がついていく。


新見とロシア人が腕をまくって料理を手伝いはじめる。

邪魔にならないように、僕はリビングに行くとソファーに座った。

ちょっと疲れていたので、欠伸をして大きく伸びをする。


その横に宝生さんがひょいと飛び乗って、僕を見てにこぱっと笑った。

やたらと無邪気な笑顔だった。

少し休憩したいので、ゲームしたいとか言われたらちょっと困る。

そんなふうに思っていると、宝生さんは僕を見てニコニコとうなずいた。

何だかよく分からないけど、前みたいににらまれるよりよほどいい。


「のぞみん、よく見るといい男じゃんね」


「ん?」


「いや、これが日本3位の男かと思って」


「ああ。まあ、そうね」


今は、世界陸上に出ることばかりを考えている。

それが達成できなければ、3位でも1位でも同じことだ。

だけど、周囲を納得させるためには、目に見えやすい結果もあっていいだろうと思う。

日本選手権の賞状は、今度、親に持っていってやろうと思った。


「代表になれるといいね」


「うーん…」


「あたしもオーストラリア行きたいなあ。行くとなったら、姐御は連れてくんでしょ」


「行くとなったらね」


万が一、代表に選ばれたら、そうしようかと予定はしている。

最近は航空券がものすごく安いので、ブリスベン往復でも10万円かからない。

合計30万もあれば行って帰ってはこれるだろう。


まあ、そのお金を捻出するのはかなり大変だ。

ミキちゃんは喜ばないだろうけど、親に借りる手もある。

杏子さんに頼む手もあるか…。


「杏子姉さんに相談してみようかなあ」


同じようなことを言って、宝生さんはにこぱっと笑った。


「だってさ、いつでも自由に海外行けるなんて、大学生のときだけじゃんね?」


「うん。まあね」


「次のオリンピック、パリでしょ。そう考えたらやっぱオーストラリア行きたいよね」


「パリ嫌いなの?」


「だって、パリって柄じゃないじゃん」


「そうかい」


「あ、海。その前に海行くんだよね?」


「うん」


「あたしも行っていいの?」


「いいよ」


「…ひょっとして落ち込んでる?」


「ん?」


「のぞみん、元気出せ!」


宝生さんはにいっと笑った。

ひょっとして、ずっと励ましてくれていたのだろうか。


「元気の出るマッサージ、してあげよか?」


「いや、いいけど…、何かエッチだな」


「え?うわっ、のぞみん最低!」


笑顔だったのに、宝生さんの顔が一瞬で険しい顔になる。


「あたしのことそんなふうに見てたんだ!」


「え、いやそうじゃないけど」


「最低っ!変態!やっぱり超変態!」


毛虫を見るような目で見られた揚げ句、ミキちゃんに告げ口されてしまいました…。

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