139話 ベッカーが来るわけない


今年も、学祭の季節がやってきた。


もう4年生なので、まったくタッチしていない。

今年は2年生を中心にやることになったようだ。

様子を見に行くと、キャップをかぶった宝生さんが一生懸命バーベキューを焼いていた。

キャップの隙間から金髪が見え隠れ。


「おう。のぞみん」


「お、おう」


そんなふうに呼ばれたのは生まれて始めてだ。

宝生さんはにゅっと串を差し出して、にこぱっと笑った。


「食べる?」


「うん。1本もらおうかな」


「ほい」


マネージャーの悠子ちゃんの女の子にお金を払って、宝生さんから串を受け取る。


「美味しいよ。国産和牛だから」


「うえ…、そんな肉をどこから」


「分かんないけど、知香姉さんが」


屋台の後ろで、ナニワのあきんど知香ちゃんが椅子に座っていた。

缶ビールを飲みながら携帯をいじっている。

その横で、加奈がぱくぱくとバーベキューを食べていた。

去年と似たような光景だ。


おべっか金子君とベースマン寺崎が、飲み物の箱を2つずつ運んでくる。

がらんがらんと、氷が入ったクーラーボックスに投入。

去年ほどじゃないけど、かなり売れているようだ。

詩織ちゃんと真帆ちゃんが、1、2年生の女の子と一緒になって串に食材を刺している。


というか、ベースマン寺崎がすごいことになっている。

帽子からパーカーからスニーカーまで、全部米ナスマンだ…。


「ベースマン、どうしたの、それ」


「う。旬の季節が近いので」


お前は何を当たり前のこと聞いてるんだ、みたいな顔をされる。

彼がどこに向かおうとしているのか、よく分からなかった。


「のぞむくん、今年は海行かないの?」


金子君に冷えたビールをもらって、バーベキューを食べながらちびちび飲んでいると、加奈にきらきらした瞳で聞かれた。


「海か」


「海!合宿!」


泳いで食べて飲むだけで、あれは普通合宿とは言わないけどね。


「でもお前、世界陸上もあるし、みんなそれどころじゃないだろ」


「えーっ。それはそれ、これはこれ!」


「うーん…、みんな時間合わないと思うけど」


「合うよ。合う合う。絶対合う!」


根拠もなしに、加奈が身をくねらせて主張する。

7月は、日本スーパーグランプリの予選会がある。

本戦も月末にあるみたいだし、行くなら8月上旬ぐらいだろうか。


あとで杏子さんに確認しようと思っていると、聡志と織田君がやってきた。

二人で学祭をぶらぶら回ってきたようだ。

女の子二人なら絵になるけど、男二人というのはものすごく寂しかった。


「ハギワラさん!海!海行きたい!」


「あん?」


いきなり加奈に食ってかかられて、聡志は少し驚いたようだった。

2年もたつのにハギワラと呼ばれているのはそっとしておこう。


「海!今年も海合宿!」


「あー。別にいいけど、今年はみんな忙しいんじゃ?」


「それはそれ、これはこれ!」


「加奈ちゃんも、世界陸上あるでしょ」


「それはそれ、これはこれ!」


フレーズが気にいったらしい。

加奈はクーラーボックスから勝手にジュースを取り出して、聡志に手渡した。

甘えるように、くっついてぷりぷりとおねだりをする。

全然かわいくないけど、聡志は考えながらジュース代を1年生の女の子に渡した。


聡志が受け取ったジュース、キャラメルコーヒースカッシュだけどいいんだろうか…。


「メンバーは誰よ」


「んとね」


加奈が大きい手を開いて指折り数える。


「あたしでしょ。まず、あたしでしょ。あたしと…」


「加奈ちゃん1人かよ」


「考えてるの!えと、杏子さん、千晶さん、あゆさん、のぞむくん、知香さん、沙耶さん、村上さん、真帆ちゃん、荒川さん…、それと、杏子さん、咲希ちゃん、陽子さん、十文字、詩織ちゃん。あ、それからベッカーちゃん、織田くん、金子くん、ベースマン、寺崎くん、中新田ちゃん、悠子ちゃん、本間くん、霧島くん、柏木さん、杏子さん、栗林くん…」


「どこまで続くんだよ。しかもおれ入ってないし」


「あ、ハギワラさんも来る?」


「できれば仲間に入れてください」


「じゃあ、9人」


どこから突っ込めばいいのだろう。


まず、9人じゃない。そこからだ。

それで、28人のはずなのに指が6になっている。

いや、そもそも杏子さんとか3回も数えてしまっているから、28人ですらない。

それとベースマンと寺崎君は同一人物だ。


しかも、女子100mの女王クリスティアーネ・ベッカーを呼ぼうとするな。

ベッカーちゃんっていうのも変だ。

それと、中新田ちゃんって誰だ。


唯一、評価できるのは、これだけの名前を挙げたにもかかわらず、超絶(元)キャプテン高柳さんが入っていないことだ。

なぜか、十文字だけ呼び捨てなのもまあいいとしよう。


「加奈ちゃんに任せておくと大変なことになるな」


「えーっ。なんで?」


「なんでだろうね。星島、幹事任せた」


「やだよ。めんどくさい」


「やれよ。やらないとひどいぞ」


「なんだよ」


「あることないこと匿名掲示板にイニシャルで書き込んじゃうぞ」


「なんだそれ」


「K大のR部のHは、拾ったギザ10を猫ばばするようなひどいやつだって!」


「書きたきゃ書けよ」


「やーれーよー。飯おごるからさあ」


おっと。

事情が変わった。もう一声。


「食後のアイスも付けるから」


「やらせていただきます!」


「よし」


満足そうに、一口、キャラメルコーヒースカッシュを飲んで、聡志がぶっと吐き出した。

やはりまずかったようだった。

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