130話 到着


6月第1週、僕は初めて戸川記念陸上に参加した。


日本選手権の前のステップレースとして、国内のトップアスリートが集う大会だ。

開催地は埼玉。

新見と水沢さんと本間君と詩織ちゃんの5人で、朝一番の電車に乗って向かった。

余裕で日帰りできる距離なので、お金がかからなくていいです。


絹山市内は雨が降っていたが、埼玉方面は曇り空だった。

天気予報は曇りだったが、降り出さないことを祈りたい。


「ほしじまーっ」


お昼前にスタジアムに到着して。

サブトラックに顔を出すなり、杏子さんが走ってきてどすんと体当たりをしてきた。

ぐりぐり頭をこすりつけてくる。

まったくもっていつも通りだった。


「充電!」


「ちょっとちょっと…、あれ、ジャージが」


「うん?」


杏子さんの後ろから、千晶さんと亜由美さんがゆっくり歩いてきて気が付いた。

 

3人とも同じジャージを着ている。

杏子さんはもう、ライテックスの青いジャージではなかった。

アサミACの白いジャージだ。


「いいでしょ。似合う?」


言いながら、亜由美さんがくるりと回ってみせる。

 

ベースは白。

オレンジと黄色とピンクの3本のラインが、体に巻きつくように螺旋に入っている。

独創的なジャージでものすごく目立つ。

背中にはAASCのデザインロゴが入っていて、なかなかいい感じだった。


「いいですね」


「へへーんっ。いいでしょ」


杏子さんは自慢気だった。


「ティナ・ランバートンのデザイナーにやってもらったの!」


「ははあ…」


「あ、そうだ、スパイク。千晶」


「はーい」


千晶さんがどこかに戻って、それから大きな箱を2つ持ってくる。

ついに、完成したらしい。


「1個はランニングシューズだから」


「え、マジで?」


受け取って、ランニングシューズのほうを開けてみた。

びっくり箱みたいに、びよーんとヘビのおもちゃが飛び出てくる。


「うおうっ…、って小学生か!」


「あははは」


笑いながらごそごそすると、白いシューズが入っていた。

オレンジと黄色とピンクのラインが入っている。

デザイン的にはジャージと一緒な感じだ。

小さくAASCのロゴが入っており、鮮やかな色彩のシューズだった。


これはいい。

めちゃくちゃカッコいい!


「すげえ、いいじゃないですか。カッコいい!」


「でしょ。やっぱさ、ジャージとかスパイクに憧れるってあるじゃんと思って」


「なるほど」


「それで、デザインにちょっとお金かけてみた」


本間君と水沢さんと新見が、羨ましそうに覗き込む。

陸上選手にとって、シューズやスパイクは唯一のアイテムだ。

みんな興味があるみたい。


「カッチョいい!」


あまり関係ない詩織ちゃんが一番興奮している。


「いいなあ」


覗き込んで、新見が比喩ではなく本当に指をくわえる。

それがおかしかったのか、杏子さんは笑って新見の頭をすりすりと撫でた。


「沙耶はもうちょい調子よくなってからね。咲希と一緒に」


「わーい」


新見と水沢さんが拍手して、本間君が羨ましそうな顔をした。

よく見ると、千晶さんも亜由美さんも同じデザインのシューズを履いている。

みんなおそろいだ。


「杏子さん、ありがとね」


「お礼に、今晩はサービスしてね!」


「帰りますよ。帰りますからね!」


いつものお約束にみんなが笑う。

履いてみると、何だかものすごく軽い。

気のせいだと思うけど、これだけで練習が楽になって、タイムも縮まりそうな気がした。


「いいですね」


「満足?」


「うん」


「じゃあ、結果も残してね!」


どこまで本気なのか、笑顔の杏子さん。

それは今の僕にはプレッシャーにしかなりませんです、はい…。

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