129話 宝生亜美という人


「ごちそうさまーっ」


食後、ソファーにぐでっと食べ過ぎコンビが横たわった。

新見と宝生さんだ。


だけど、真帆ちゃんが買ってきたアイスが冷蔵庫から現れると、がばっと身体を起こす。

いっぱい食べられることは、健康的で素晴らしいことです。


「亜美ちゃんは何で陸上はじめたの?」


うれしそうにアイスにぱくつきながら新見が言って、宝生さんはにこぱっと笑った。


「それ聞きますか。語っるすよ」


「語って語って」


今度は僕と聡志ががばっと身体を起こす。

そう。

ソファーにぐでっと横たわっていたのは、実はカルテットだったのだ!


最初に新見と宝生さんが横たわっていたと書いたけど、別にそれ以外は横たわっていないとは書いていない。

ミステリーの手法だ。

どうでもいいですな、はい。


「実はあたしの髪って、地毛なんですよ」


昔、バイクで猫をひいて水沢さんが出てきて…。

という話を期待していたので、僕と聡志はまたソファーに横たわった。

だけど冷静に考えたらこっちのほうがすごそうな話なので、慌ててまた身体を起こす。


「え、地毛って、ハーフか何か?」


「いやいや、ハーフじゃないけど」


「え、ハーフじゃないのに金髪なの?」


「んーと、要するに、遺伝?」


宝生さんが首を捻って、新見も首を捻る。

 

僕と聡志も知っているわけがなくて、自然と視線がミキちゃんに集まった。

ミキちゃんは大人しくカクテルを飲んでいた。

しかし、自分に視線が集まっていることに気付いて、目をぱちぱちさせた。


「え。何?」


「いや、困ったときのミキ姉さん」


新見が笑って言うと、ミキちゃんはちょっと変な顔をした。

姉さんと呼ばれたのが気にいらなかったのだろうか。

よく分からない。


「隔世遺伝でしょ」


「ふうん?」


新見、全然分かっていないらしい。

僕は一応、言葉は聞いたことがあるし、何となくは分かります。


「血液型で、AOとかBOとかあるでしょ」


「うん」


「AO型の人とAO型の人が結婚したら、O型の子どもが生まれることあるでしょ。両親がどちらもA型なのに」


「あー」


以下、ミキちゃんによる説明。


お父さんが黒黒型の遺伝子を持っていたとする。

お母さんが金金型の遺伝子を持っていたとする。

生まれてくる子どもは、両方から1つずつ遺伝子をもらう。


お父さんからは、黒黒の遺伝子のどちらかをもらう。

まあどっちにしろ黒だ。

お母さんは、どっちにしろ金だ。

だから100%、黒金で生まれてくる。


「それは分かる」 と新見。


この場合、AO型がO型ではないのと同じように、黒金の人は金髪にはならない。

なぜなら、A型、黒髪のほうが優性遺伝子だからだ。

遺伝子の中には金髪の遺伝子も含まれているけど、性質が現れるのは黒髪の遺伝子。


「何となく分かった」 と新見。


そして、黒金型の人と黒金型の人が結婚する。

どちらも黒髪の両親だ。


そして、生まれてくる子どもは黒黒型・黒金型・黒金型・金金型となる。

この場合、4分の1の金金の場合のみ金髪になるというわけ。

いわゆる、メンデルの法則である。


「なるほど。分かったような気がする!」


新見が言うと、宝生さんがうなずいた。


「じゃあ母ちゃんのばあちゃんかな。母ちゃんのばあちゃんが外人と結婚したみたい。父ちゃんのほうは知らないけど」


「でも、ここまではっきり現れるのは珍しいかもしれないわね」


「はー。すごいな、さすが姐さん!」


「…姐さん?」


宝生さんがにこぱっと笑う。

ミキちゃんは何か、変なところで信望を得てしまったようだった。

ミキちゃんの説明はとても分かりやすかったけど、僕は衝撃の事実に気付いた。

真帆ちゃんがまだ、きょとんとしていたのだ。

 

さっぱり理解できていないらしい。

ひそひそと織田君に耳打ちをしたけど、織田君も首を傾げた。

織田君も分からなかったようだ。

まあ別に話の本筋ではないのでいいのだが…。


「そんで、両親とも日本人なのに金髪っしょ。ガキのころからいじめられたんすよ。愛人の子とかいって」


「あー。そりゃ、ガキにメンデルの法則とか説いても理解できないよな」


聡志がビールを飲みながらそんなふうに言った。


「まあおれの外人顔は偶然の産物だけどな!」


「そんで、中学のときは染めてるみたいに思われて、生意気だとかでいじめられて」


完全に無視されて聡志が肩を落とす。

今、いいところだからそのまま黙っててほしい。


「高校に入ってもそんな感じだったんですよ。染めてないって言ってんのに…」


そこまで言って、宝生さんが口元を手で押さえた。

別に飲み過ぎて気持ち悪いわけではない。

つらいことを思い出して思わず嗚咽してしまいそうになったのだろう。


隣で聞いていた新見もしんみりして、手を伸ばして宝生さんの肩を撫でた。


「くしょっ」


その瞬間、宝生さんがくしゃみをして全員がずっこける。

宝生さんは鼻をすすって、それからアイスを食べて笑った。


「いや、いや、泣くとこないから」


「あたし泣きそうになったのに…」


「そしたら、いきなり咲希姉さんがきて、一緒に陸上やろって」


恥ずかしいのか、水沢さんが顔を真っ赤に染めた。


「別に知り合いでも何でもなかったのにですよ。わざわざ1年のクラスまできて、みんなの前で、あたしが守ってあげるからって。いや、もうそんなの惚れるっしょ?」


「惚れるぅ」「惚れたっ」


真帆ちゃんと新見。


「それでいじめられなくなって。ほら、みんな咲希姉さんに嫌われたくないから」


「なるほど」


「普通は人間だからどうしたって好き嫌いあるじゃん。合う合わないみたいなの。咲希姉さんのすごいところは、もうね、誰からも嫌われないってとこ」


「嘘です。オーバーです。ただ部員勧誘してただけです」


恥ずかしそうに、水沢さんが慌てて手を振る。

ミキちゃんとは正反対だなあと思ったけど、もちろん口には出さなかった。


宝生さんの話は、それほどドラマチックでもドラスティックでもなかった。

でもそれだけに、水沢さんの正義感や勇気が際立った。

そんな光景を見せられたら、確かに、女の子の目がハートになるのも無理はない。

気のせいか、新見の目もハートになっているように見えた。

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