126話 決勝に向けて


バカばっかやってられないので、一人、コンコースまで行ってアップをする。

 

しばらく体を動かしていると、十文字が様子を見に来てくれた。

ストレッチを手伝ってもらって、また軽く身体を温める。

加奈と真帆ちゃんもアップを始めた。

遠くのほうで本間君が一人、音楽を聞きながら足のストレッチをしている。


「負けんなよ。メシ賭けてんだから」


また軽くストレッチをすると、十文字にそんなことを言われた。


「賭けてるって?」


「星島が勝つか、本間が勝つか」


「ははあ」


「順位が上のほうが勝ちな。お前に賭けてんだから頑張れよ」


「ふーん。大会役員に報告したら、大問題になるだろうなあ」


「メシくらいいいだろ」


「誰と賭けてんの?」


「知香ちゃん」


十文字の言葉に、僕はかくんと肩を落とした。


「ナニワのあきんどが本間君に賭けてるのか…」


「それだけ星島が勝つ確率は低いってことだな」


心が折れそうです…。


少し落胆しつつアップを続けていると、ミキちゃんと1年生マネージャーの市岡悠子ちゃんが様子を見に来てくれた。

スポーツドリンクをもらって、水分を補給する。

加奈と真帆ちゃんが悠子ちゃんと一緒にコールに出かけていく。

女子100mの決勝だ。


十文字は応援のためにスタンドのほうに戻っていって、ミキちゃんと2人になる。


「なかなか調子戻ってこないなあ」


呟くと、ミキちゃんが肩甲骨のあたりをマッサージしてくれた。

ちょっと痛いが、気持ちいい。


「大丈夫よ。まだ3ヶ月あるでしょ」


「あ、うん」


「ちゃんとピークが合わせられるようにしてあげるから」


「お願いします」


世界陸上のことを言っているらしいが、その前に代表に選ばれるのが大変だと思う。

 

B標準が、10秒26だ。

ベストタイムを更新することが前提になってくるので大変である。

日本選手権まであと1ヵ月半しかないので、それまでに調子を整えなければならない。

しかも、標準記録を突破するだけではなく、日本選手権で上位に入らねばならぬ。

 

A標準を出したとしても8位以内。

B標準なら3位に入っていなければならないだろう。

なかなか、ハードルとしては高い。

だけど、ここまできて諦めるわけにはいかない。


「頑張るぞーっ」


気合いを入れると、コールから戻ってきた加奈がやってきて、目の前で腰を振り始めた。

意味が分からないので黙ってみていると、ちょんまげ真帆ちゃんもやってくる。

おそろいのダンス。

そしてひとしきり躍ったあと、最後にびしっと変なポーズを決めて、二人で笑った。


「何それ」


「米ナスマンダンスナンバー1、がんばりたガール音頭!」


加奈はうれしそうに言って、また真帆ちゃんと一緒に躍り始めた。

まるで理解できなかったが、何だかちょっと楽しそうだった。


「何それ誰が考えたの?」


「ベースマン!」


加奈が即答する。

ベースマンが、自作のダンスを誰かに教えるシーンを想像すると、何となくおかしい。


「CG使った教則アニメあるから、あとで見る?」


「え。そんなのあるのか」


「1週間徹夜してつくったんだって」


それはすごいが、彼はどこへ向かおうとしているのか…。


加奈と真帆ちゃんが決勝に出ていく。

そして、女子に遅れること15分、僕たちもコールに出かけた。

関カレの決勝は初めてだ。

個人種目で関カレに出場すること自体、初めてなので当たり前だ。

でも、大舞台にも慣れてきて、インカレの決勝のときより緊張はしなかった。


コールを受けた後、いったん戻る。

念のため、スパイクのピンを増し締めする。

ニードル型ではなく、ツリー型のタイプで、チタン製の軽いやつだ。

数グラム軽くたって大差ないとは思うのだが、思わず買ってしまった。


「スパイク、早く来ないかしら」


とミキちゃん。1カ月ほどたつが、まだ届かない。


「楽しみだなあ」


「タイム縮まるといいわね」


「どうなのかなあ」


大学に入ってこのスパイクを買って、それからずっと使い続けているのでぼろぼろだ。

ほぼ毎日、最近は昼のお弁当までミキちゃんにご飯をつくってもらっている。

食費はかからない。

ちゃんと食費としていくらか渡しているんだけど、全部、コンビニで済ませていたころと比べたら安いものだし、しかも美味しい。


それで、生活費が浮いたのでスパイクを買おうと思っていた矢先につくってもらえることになったので、届くのを待っている状況だ。


「日本選手権までにはほしいなあ」


「いつできるのか聞いてみたら」


「うん。ランニングシューズ買おうかなあ。ソールがはがれそう」


「そうね」


スタンドから聞こえてくる歓声を聞きながら、しばらく、体を動かしたり肩をぐるぐるしたりして待っていると、誘導の係員に促された。

ミキちゃんは僕を見て軽くうなずき、僕もうなずき返した。


いよいよ、出番だ。


「頑張って」


「うん。頑張る」


「今日は、たぶんタイム出ないと思うけど」


ミキちゃんが予言をする。


「調子が戻ってきたら、必ず結果は出せるから」


「うん」


「とにかく、焦ってフォーム崩さないでね」


「うん。分かった」


ミキちゃんと別れ、招集所に戻ってラストコール。


モニターを見ていると、女子100mがスタートした。

加奈は例によって「わちゃっ」で終了。

真帆ちゃんが何とか奮闘したものの、2着か3着かだ。


勝ったのは、辰川体育大学の3年生、鈴木恵美子で11秒43。

まったく知らない名前だったが、かなりの好タイムだった。


「うちの秘密兵器は、今日も秘密のままだった…」


本間君がぼそりとうまいことを言う。

本当、もう一生、秘密のままかもしれないと思った。

0コメント

  • 1000 / 1000