094話 あなたが私にくれたもの


練習後、聡志と帰ろうと思っていると、いきなりTシャツの首もとを引っ張られた。


「わ」


驚いて振り向くと、知香ちゃんだった。


鼻に人差し指を当て、それからちょいちょいと手招きをする。

何だかよく分からないけど、付いていこうとした僕たちを、知香ちゃんは手で遮った。

いや、遮られたのは聡志だけだった。


「橋本君はいいから」


「え。何で?」


聡志が唇をとがらせると、知香ちゃんはバカにするかのような笑みを浮かべた。

人差し指を、聡志の目の前でちっちっちと振ってみせる。


「外国人は立入禁止デース」


「ロシア人じゃねーよ!山梨人!」


「だって、山梨は北方領土と交換したんでしょ?」


「まだしてない!」


「いいから、山梨県民に謝りなさい。売県奴」


「バイケンド?」


「その程度の日本語も分からないなんて、やっぱ外国人じゃん」


「ちがーう!」


どうでもいいやりとりの後、部室の裏のほうに連れていかれる。

 

大きな樹が立っていて、知香ちゃんはくいくいと僕に指し示した。

樹の裏に、水沢さんがこっそり隠れていた。


「うん?」


「ごめんなさい。1年の子に見つかりたくなかったから」


水沢さんは静かに言って首を傾げた。


「な、何?」


「いつもお世話になってるので、誕生日プレゼントあげようと思って」


「え、いいのに」


そう。

実は今日、誕生日なのだ。

杏子さんが卒業したし、今年は誰の誕生日会もやっていないので、今日もきっと何もイベントはないと思っていたんだけど、思わぬサプライズだった。


「受け取ってもらえます?」


「うん。すごいうれしい。ありがと」


「好みが分からなかったんですけど」


「開けていい?」


「はい」


小さな箱だった。

丁寧に開けてみると、ライテックス製のスポーツウォッチが入っていた。

その瞬間、僕はぴょんと3センチぐらい跳び上がった。


「あ!」


「え?」


「これ欲しかったやつ!」


黒いバンドに、ところどころ黄色いデザインがあつらえてある。

灰色の四角い金属性の文字盤が、シンプルでかっこいい。

何万円もするわけじゃないけど、ずっと買えないでいたやつだ。


「本当ですか?」


「本当本当。めっちゃうれしい」


「ふふふ」


水沢さんは目を細めて鮮やかに笑った。

ものすごく二枚目だった。


水沢さんだって学生なわけだし、特別裕福なわけじゃないだろう。

それなのにこんな高いものをもらうなんて、何だか申し訳ない。

つまりたぶん、これはあれだ。

水沢さんにとって、僕がいわゆる特別な存在だからだ。

 

そう思ってじっと見つめてみたけど、水沢さんは目をそらさなかった。

決して、そらそうとはしなかった。


「あ、くろすけだ」


だけど、例の黒猫を発見した途端に、水沢さんはてててっと僕の前から走っていった。


いつもはもうちょっと見つめ合う時間が長いのに。

もっと妄想していたかったのに…。


「くろすけ、くろくろ、くろちゃーん」


もうすっかり水沢さんに慣れていて、黒猫は目を細めてごろごろとのどを鳴らしている。

もう黒猫には完敗なので、あきらめて、僕もしゃがみ込んで手を伸ばしてみた。

人懐っこいのか、僕の手にも頭をこすりつけてきて、和解成立。


いや、勝手にこっちが敵視していただけなんだけど。


「かわいいね」


「そうでしょう」


水沢さんが顔を上げる。

 

端正な顔がものすごく近くて、思わず僕は息を止めた。

じっと、見つめられる。

美女の顔が目の前にあると、どうにも心臓に悪い…。


「沙希せんぱーい!」


遠く、どこからか女の子の声が聞こえてくる。

何度かまばたきをして、水沢さんはふっと軽く息を吐いて二枚目な苦笑を浮かべた。


「もう気付かれちゃいました」


「もてるなあ」


「慕ってもらえるのはうれしいんですけどね」


「水沢さん、誕生日いつだっけ」


「9月4日です」


「9月…」


もうとっくに過ぎているわけで、僕はちょっと焦った。


「来年、来年、2年分お祝いするから」


「いいですよ。気にしなくても」


「いやいや。豪勢にとはいかなくても、お祝いをね。メモしとくから」


携帯を取り出して、スケジュール帳のところにメモする。


「よし。ばっちり」


「ふふふ。これなら星島さんでも忘れないですね」


「そうなんだよ。いつもすぐ忘れちゃうんだよなあ…」


「来年は、世界陸上の開催中ですよ」


「あ、そうだ。そうなんだ」


「メダル、プレゼントしてくださいね」


「それは難しいなあ…」


話をしながら部室の前に行くと、水沢さんはあっという間に女の子たちに囲まれた。

毎日のことだが、どこかにご飯行きませんかとか、私がつくってあげるとか。

なんというか、なんというか…。


そっとその場を離れて更衣室の中に入ると、聡志がぽつんと淋しそうに待っていた。

とりあえず着がえて、僕はスポーツウォッチを左腕にはめて聡志に見せた。

一瞬、聡志は分からなかったようだけど、すぐに気付いて羨ましそうな顔をした。


「え、もらったの?」


「うん。水沢さんから!」


「いいなあ。いいなあ。何で星島ばっかり!変態の分際で!このっ、星島の分際で!」


「モテるんだから仕方ないだろ」


「それにしては彼女できないな」


「そうですな…」


その後、聡志からご飯をごちそうしてもらった。

アパートに帰ってしばらくすると、杏子さんから誕生日プレゼントのTシャツとお祝いのメールとちょっとしたセクシーショットが届いた。


まずまずな、誕生日だった。

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