093話 嫉妬だとうれしいのか?


何だかうきうきして、スキップしながら部室へ行って着替える。


聡志も織田君もまだ来ていない。

今日は、おべっか金子とベースマン寺崎のコンビとアップだ。

しばらく待っていると、やがてぞろぞろ集まってくる。

いつものように短距離全体で練習。

ここ数日で急に涼しくなってきていたけど、それでもやっぱり暑くて汗が出た。


「あっ」


そして、半年ぶりに。

全体練習に参加していた新見だったが、バウンディングの最中にバランスを崩した。


僕もそれに参加していて、たまたま近くにいたので、とっさにレーンに出て手を伸ばした。

だけど、いくら何でも運動エネルギーのある成人女性を片手で支えられるわけもない。

こう、新見を抱きとめるような格好になってしまった。


それで、そのつもりじゃなかったんだけど、胸を触ってしまった。

斜め後ろからだったので。

こう、手を伸ばしたら、もにゅっと。

そんなつもりじゃなかったんだけど。

まあ、もにゅっていうほど、新見は大きくないけど。


「ピョッ」


隣のレーンにいた真帆ちゃんがびっくりして、大騒ぎをする。


「い、いきなり沙耶さんに抱きついた!」


「ち、違うっ」


「後ろからおっぱい揉んだっ!」


「違う違う、偶然、偶然」


「けだものっ!やっぱりけだものだっ!」


弁解しようとしたけど。

いや弁解したつもりだったんだけど。

真帆ちゃんがピーチクパーチクさえずって、全員に軽蔑の眼差しを向けられてしまった


「なんだ、また星島か!」


「この変態っ!」


「けだものっ!」


「セクハラっ!」


「おれと代われっ!」


「死ねばいいのにっ!」


「女の敵っ!」


「男の敵っ!」


ひどい言われようだが、とりあえず新見は分かってくれるはず。

そう思って新見に視線を向けると、当の新見がじとっと見ていた。


「あーあ。もうお嫁に行けないかも…」


「えーっ…!」


「あたし、思い切って、訴えることにします!」


わーっとみんなから拍手が起こる。

歓声に応えて、新見は笑顔で手を振った。

 

なんだ、この茶番劇は。


「はいはい、もう変態でも犯罪者でもいいから、散って散って」


事態の収拾を図って練習を再開する。


新見はまだリハビリ中。

全力で走るのはもちろん、飛んだり跳ねたりするのは厳しいようだ。

みんなの邪魔になったら申し訳ないと思ったのか、新見はすぐにその場を離れた。

やっぱり半年ではまだ無理なのだ。


芝生のほうに歩いていって腰を下ろし、新見は大きく息を吐いた。

本当に、申し訳ない。

まるまる1シーズンを棒に振って、この状態では来シーズンもどうなるか分からない。

あの事故は僕のせいではないと新見は言ったけど、それでも申し訳なく思う…。


「変態星島あ」


その後、スピード練習までこなすと、肩を落とした聡志に腕を引っ張られた。


「うん?」


「セットスプリントだって」


「え、お、おれも?」


「ミキちゃんが…」


村上美樹コーチの指示らしい。


見ると、眉毛を持ち上げている。

どうしたんだろう。

さっきまで、けっこう仲がよかった感じなんだけど…。

に、新見に抱きついたとか、誤解なんですけど…。


「早くしなさい」


「ハイ」


命令口調で言われて、僕は素直に頭を下げた。


聡志は本格的に、200mや400mの練習に移行している。

どちらかというと筋持久力、スピード持久力のトレーニングが増えてきている感じだ。

僕はそんなには多くないんだけど、ときどきはそういう練習もメニューに組み込まれる。


しかし、この練習がまたつらいのだ。

200mを全力で走り、1分休憩して100mを走る。

これが1セットで、間に5分ずつ休めるけど、大体5セットから10セットはやる。

そして仕上げに300mを何本か走るのだ。


「うーん。やるか…」


「やるぞ」


やった。終わった。倒れた。


僕は水分を補給し、タオルで汗を拭きつつ休憩。

聡志はちょっとだけ休憩して、トボトボと400mの練習へ。

400mの選手じゃなくてよかったと心から思った。

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