087話 決戦の日


翌日、僕は朝5時に目を覚ました。


何となく目を覚ましてしまって、しばらく布団の中でごろごろする。

しかし、どうにも目がさえて、起きだしてしまった。


ご飯を食べよう。

自分でスパゲティを茹でてみる。

レトルトのソースを温めて、麺とからめて食べる。

なぜか、ミキちゃんがつくったのとは雲泥の差だ。

ミキちゃんも、レトルトのソース使ってるのに。

何が違うんだろう…。


あれこれ準備をして絹山駅へ。

今日も天気は快晴だ。

きっといいレースになるだろう。


「おはよーっす」


「うーっす」


既に待機していたマイクロバスに乗り込む。


点呼して、全員いるのを確認して、出発。

国立競技場に到着したのは8時20分だった。

渋滞で到着が遅れたので、競技時間が早い選手は慌ただしくアップに出かけていく。

僕はまだまだ時間があるので、待機場所に荷物を置いて、バッグを枕に横になった。


男子100mの決勝は、15時10分。

逆算して、昼過ぎから動き始めればいいだろう。

10時ごろになったら、軽く何か食べておいたほうがいいかもしれない。

でも、眠い…。


「また寝てるし」


途中で、誰か男子に笑われた気がする。


2時間くらい、うとうとしてから目を覚ました。

欠伸をしながら体を起こし、誰かがかけてくれた毛布をたたんで置いておく。

みんなスタンドに行ったのか、長距離の女の子が数名、おしゃべりをしているだけだった。


「うぬ」


大きく伸びをして、それから立ち上がる。

スポーツドリンクを買ってスタンドに行くと、女子200mの予選が行われていた。

2組の選手の名前がアナウンスされていたから、ちょうど始まったばかりのようだ。


今ではすっかり見慣れた、米ナスマンのTシャツを探す。

最近は信者をどんどん増やしているらしい。

そのうち日本全国に広まったらどうしよう。


「着いてそうそう寝てんじゃねえよ!」


みんなが集まっているところに行くと、米ナスマンTシャツ赤を着た聡志に怒られた。

そんなこと言ったって、どうも眠いんだから仕方がないのだ。

生理現象だ。

ちょっと違うか…。


「そろそろ佳境だぞ」


聡志が言って、僕は大きくあくびをした。


「課長って?」


「そう。苦節半年、やっとの思いで係長から昇進して…、ってその課長じゃねえよ!」


「何それ超下手くそ」


「うるせっ!」


ピットを見ると、水沢さんの姿が見えた。

ゆっくりと助走を切って、リズミカルに踏み切ると高く飛翔してぱさりと舞い下りる。

ふくらはぎに当たったのかバーがかすかに揺れ、カランと音を立てて落ちてしまった。

 

観客がため息をついて、水沢さんは少し首をかしげて、それからスタンドに手を振る。


「あれ、終わり?」


「うん」


まだ、ピット上には3人の選手が残っている。

そのうちもう一人も同じ高さで脱落したけど、試技回数で水沢さんは4位だった。

さすがに、そう簡単に、トップの座はうかがえないようだった。


前のほうで、藤崎小春率いるファンクラブの面々が拍手を送っている。

本当、毎度毎度、ありがたい。

試合のたびに脚を運んでいたら、お金だってだいぶかかるだろうに。


「あれ。もう帰るのか…」


聡志がつぶやく。

ファンクラブの面々は、まだハイジャンプが続いているのにあっさり撤収。

あれでもうちょっと、競技にのめりこんでくれるとうれしいんですけどね…。


彼女たちの代わりに、ハイジャンプを最後まで見届ける。


男女の200mが終わったところで、僕は待機場所に戻った。

ちょんまげ真帆ちゃんとマネージャー詩織ちゃんが、お弁当を食べていた。

それを横目で眺めながら、少し黒くなった昨日の残りのバナナをもぐもぐと食べる。

今朝、荷物の奥のほうに転がっていたのを発見したのだが、それで僕のお昼ご飯は終了。


何か寂しい。

10時ごろ何か食べる予定だったのに、眠ってしまうからだ。

みんなでわいわいご飯食べたかった…。


「何か、切ないなあ」


よほど、しょんぼり見えたらしい。

詩織ちゃんが僕を見て笑った。


「おにぎり食べます?」


「あー、うん、いいや」


「じゃあ、決勝残ったごほうび。あとで食べてください」


「あ。あんがと」


「星島さんガンバ!」


「せいぜい頑張って!」


真帆ちゃんの言葉のチョイスが若干気になるが、ともかく女の子の声援は力になる。

鼻息荒く、僕は立ち上がってのしのしとサブトラックに向かった。

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