082話 インカレ開幕


それからの2週間は、あっという間だった。


去年の日本選手権以来の大舞台。

特に今回は部の代表ということもあって、久々にきっちり調整をしてレースに挑む。

調整法も、ミキちゃんと綿密に相談をしてやった。

僕としては万全のコンディションのつもりだ。


(うん…?)


決戦の地。

国立競技場へ向かうマイクロバスの中で、僕は久々にあの感覚を味わった。

全身の筋肉が出番を待っているような、むずがゆいような、とにかくそんな感じだ。

全中のときも、こんな感じだった気がする。


よく分からないけど、調子がいい証拠なのかもしれない。


「武者震いじゃなくて?」


通路を挟んで反対側に座っていたミキちゃんに聞いてみると、そう指摘される。


「そんな感じじゃないんだよなあ。痛くもかゆくもないんだけど」


「ふうん。じゃあいいじゃない」


「そうだね…」


あまり興味がないらしく、さくっとスルーされてしまう。


しかし、どうにもこの感覚がむずがゆかった。

今すぐ、思い切り走り出してしまいたかった。


すぐにバスは競技場に到着する。

9月9日午前8時、国立競技場、天候くもり。

気温は30度くらいだろうか。

風はほぼ無風で、コンディションとしては文句なしだ。


この記念すべき大舞台は、万全の状態で僕たちを迎えてくれていた。

日本学生陸上競技対校選手権大会。

通称インカレの開幕である。


「星島、アップ行くぞ」


「あ、はい」


とりあえず待機場所に荷物を置くと、高柳さんに声をかけられてアップに出かける。

すぐに4Kがあるのだ。

 

うちは短距離が強いし、予選くらい軽く通過するだろう。

などと考えていたら、大変なことになる。

リレーは予選と決勝の2ラウンドしかない。

5組1着プラス3という非常にシビアな設定になっているのだ。


1着で入線しないと、あとはタイムでの勝負になる。

かなり厳しい。


「トップとればいいんだよ。分かりやすいだろ」


高柳さんは軽く言ったけど、けっこうプレッシャーがかかる。

こんな厳しい条件でも、大抵は結果を出してきた先輩たちはすごいなと思った。


高柳さんにしても、関カレでバトンを落としたことをもう少し気にしてもいいはずだ。

のんきな顔で鼻をほじっているけど、素晴らしいメンタルだと思う。

きっと頭の中に、キャラメルポップコーンなんかが詰まっているのだろう。


「ま、気楽にな。星島はいつもどおりでいいよ」


「あ、はい」


荒川さんに言われて、ちょっと楽になった。

先輩から認められるのはいいものだ。


4Kのメンバーは準備があって出なかったけど、9時から開会式。

それが終わるとすぐに競技が始まる。

女子4K、そして男子4Kの予選だ。


女子4Kは、宮本真帆、前原加奈、伊藤ふみ、山田千晶の順。

伊藤さんは4年生。

200mがメインの選手で400mもこなす。

不安なのは、言うまでもなく2走の加奈。

早くも緊張しているようだった。


「行ってきまーす」


「いってこい!」


熱血男の荒川さんが元気よく答えて、女子メンバーとミキちゃんがコールに出かけていく。

ラストコール。

あとは競技を待つだけだ。


男子はもうちょっとだけアップ。

インカレは東京体育館のトラックを使うことができる。

1周200mぐらいのトラックで狭いけど、コンコースよりはマシだ。

 

男子は、荒川陽次、星島望、本間秀二、高柳智之の順番だ。

荒川さんと僕のバトンパスも板についてきた感じがする。

本間君との連係に若干不安が残るが…。


「ま、楽にいきましょ」


本間君はバトンをくるくる回しながら言った。

さすがというか、大舞台には慣れている。


「ちょっとつまるくらいでいいですよね」


「うん。そのほうがいいな」


「じゃあ1歩、2歩かな。2歩短くします」


「OK」


正確には、スパイク2足分ということだ。

前の選手がどこまで来たらスタートを切るのか、履いているスパイクで数える。

それを、少し縮める。


要するに、まだ予選なので、無理にぎりぎりまで攻める必要はないってこと。

確実に、安全運転でいこうということだ。


「そろそろ時間でーす」


詩織ちゃんがそう言って練習用バトンを回収する。

いよいよ出番だ。


「よし、行くか」


「うーっす」


「しおりん、彼氏できた?」


高柳さんが言って、荒川さんに後頭部を殴られた。

高柳さんのこめかみから、ポップコーンがこぼれたのが見えたような気がした。

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