074話 急接近ハリケーン


ミキちゃんのことを気にしつつも、しばらく水沢さんと2人でおしゃべりをする。


真夏の海がそうさせるのか、今日は話題が尽きなかった。

途中、太陽の角度が変わってパラソルの位置を直すぐらいの時間、僕たちは話し込んだ。


「少し、泳ぎませんか」


しばらくたって、水沢さんに誘われた。

人は誰もいないし、大したものもない。

荷物番は要らないだろうけど、誰か一人ぐらいいたほうがいいような気がする。


「ロシア人に番させるか」


その必要はなかった。

疲れたのか、杏子さんがテコテコと引き上げてきたからだ。


「うー。星島、コーラ」


言いながら僕のそばまで来て、犬みたいにぶるんぶるんと頭を振る。

びちびちっと僕に水がかかる。

うれしそうな杏子さん。

 

もちろん、意味はないです。

ただのいたずらです。


「はいはい、コーラね…」


「返事は7、8回!」


「はい」


クーラーボックスからコーラを出してあげて、僕と水沢さんは波打ち際へ向かった。

みんなは少し離れたところで、イルカとシャチにまたがってじゃれている。

落としっこをしているらしい。


ゆっくりと水につかり、一度、頭から潜って海面に顔を出す。

少し冷たいけど、まあすぐに慣れるだろう。

宮城の海に比べたら、ずいぶん温かい。


「競争しませんか?」


無謀にも、水沢さんが挑んでくる。


「いいよ。どこまで?」


「そうですね。あそこの岩場まで」


水沢さんが左のほうを指差した。

ビーチの斜め向こうに大きな岩場がある。

まあ、ほんの100m程度。

仲浜の戻りガツオにとっては、散歩のようなものだ。

競泳選手にならともかく、普通の女子に負けるわけがない。


「よし。胸を貸してやろうじゃないの」


「いきますよ。よーいドン!」


笑顔で言って、水沢さんはじゃぽんと水をかき出した。

きれいなクロールだった。

感心しながら平泳ぎで追っていく。

そして途中からクロールに切り替えて、一気に水沢さんを追い抜こうとした。


しかし、なかなか追いつかない。

水沢さん、意外と速いかも。

あと、海とプールは全然違った。

もう、必死。

気分はラスト25m。

仲浜の戻りガツオの本領を発揮して、何とか追いついて追い越す。


だけど、飛ばしすぎて後半かなり失速しました。

余裕です、みたいな顔はしといたけど。


「すごい。速いですね」


岩場に上がりながら、水沢さんは感心したように言った。


ちょっと考えて、一応、手を伸ばしてみる。

水沢さんが手をつかんだので、軽く引っ張る。

すると、水沢さんはバランスを崩して僕に抱きつくようなかっこうになった。


「おっ、と…」


岩場だし、下手に手を離すと危ない。

そう思ったので、僕は黙って水沢さんから離れてくれるのを待っていた。

だけど、水沢さんは、僕の胸に手を置いたまま、なかなか離れてくれなかった。

目の前に、水沢さんの濡れた髪と小さな耳がある。


水着で、密着はまずい。

まずいですよ…。


「星島さん。みんな見てますから…」


甘く、耳元で囁かれる。

普段は、ちょっとだけ仲といい先輩と後輩。

そのラインを一気に超えた感じがして、僕は身を震わせた。


「ち、違うよ、そんなつもりは」


「ふふ。冗談です」


冗談になってない。

冗談になっていないが、やっと、少し離れて、水沢さんは二枚目に微笑んだ。


努めて、僕はゆっくりと呼吸をした。

水着の美女と二人きりでいると、小心者としては心臓に悪い。

目のやり場にも困るので、ごほんと咳払いをする。


「も、戻ろうか」


「はい」


砂浜を歩いて戻る。


何だか、急接近した気がする。

ファンクラブ会長の藤崎小春もいないし。

ミキちゃんもどこか行っちゃったし。

気分的には、わりと開放的な感じだった。


夏、万歳!

海、万歳!


なんか加奈みたいだな…。


0コメント

  • 1000 / 1000