068話 日本選手権女子走高跳決勝


しばらく見ていると、やがてフィールドに水沢さんが現れた。

女子走高跳の決勝だ。


プログラムによると、参加人数は11人。

165センチから競技開始で、そこから3センチずつバーの高さが上がっていく。

同じ高さを3回失敗したらそこで競技は終了だ。

 

前に水沢さんも言っていたように、女子走高跳は低迷していて、際立った選手はいない。

一応、去年のチャンピオンは鳥羽化学の河合瞳。

だが、絶対的な本命というわけではなく混戦模様だ。

毎年のように王者が変わっているので、誰が強いとかはあまりない。

まあ、日本選手権に出てくるだけですごいアスリートなんだけど。


「あっち行くか」


聡志が提案して、席を移動する。

 

だけど、高跳びのピットの前はものすごく混雑していた。

みんな、カメラを構えて写真を撮っている。

もちろん狙いは水沢さんだった。


水沢さんは関カレで6位。

確か、記録は165センチだった。

だから、最初の165センチすら危ぶまれたけど、案に相違して1回目でクリアした。

かなり鮮やかなジャンプで、まだまだ余裕があるように見えた。

関カレは調子悪かったのかな?


「咲希せんぱーいーっ!」


藤崎グループの女の子が歓声を上げる。

わざわざ名古屋まで、ありがたいことです。


その後、ほかの選手も165センチを次々にクリアしていって、残ったのは9人だった。

168センチは、7人成功。

続いて171センチ、このへんから徐々にきつくなる。

水沢さんの1回目の挑戦はバーに足が引っ掛かった。


1回目で成功したのは去年のチャンピオン、河合瞳だけ。

水沢さんは何とか2回目で成功したけど、3人がここで脱落した。


「一気に減ったっすね」


織田君が呟く。

残るは4人。


174センチ、河合瞳はまた1回で成功。

今日はまだ一度もバーを落としていない。

ほかの2人も2回目で成功。

水沢さんもギリギリ3回目で成功したけど、178センチがベストみたいなことを言っていたし、この辺が限界なのかもしれない。


4人のまま、バーの高さは177センチ。

最初の試技者は河合瞳だ。

サウスポーで、左から助走をしていって右足で踏み切る。


「おっ、落とした」


ここで、河合瞳が初めて失敗した。

さすがのチャンピオンでも、この高さは難しいようだ。

たぶん、177センチか180センチでチャンピオンが決まるだろう。


「ここが分水嶺だな」


「さすが星島さん。何でも知ってますね」


金子君が得意のおべっかを言う。

その表紙に思い出したのか、聡志がプログラムを丸めて僕の頭をぽくぽくと叩いた。


「こいつめ、こいつめ!」


「もう。分かったよ、女の子紹介するから」


「誰だよ。知香ちゃんはいいよ」


「本多由佳里」


「え!マジで?」


聡志の目が輝く。

真剣にファンらしい。


「え、何、お前、知り合い?」


「いや、全然」


「え、じゃあ、え、どういうこと?」


「うむ。単なる嘘」


「ウオーッ!」


まさか、本気で泣くとは思いませんでした…。


「ちょっと。うるさいわよ!」


「は…」「ハイ…」


藤崎小春に怒られて、フィールドに視線を戻す。


その次が水沢さんの出番だった。

集中した表情でバーを見つめ、大きく息を吐く。

観客がそれをうっとりと見つめ、水沢さんがゆっくりとスタートを切った。

長い足を大きく伸ばして助走をして、振り子のように手を振り上げて一気に踏み切る。

長身の身体がふわりと浮き上がり、美しい放物線を描いてバーの上を通過した。

するりと足を抜いて、肩から着地して後ろに一回転する。

バーは、微動だにしていなかった。


「キャーッ!」


大きな歓声の中、水沢さんは紅潮した顔で両手を叩いた。


結果的に同じ高さをクリアしても、失敗数が少ないほうが上の順位になる。

何回目でクリアしたかも重要な要素になってくるわけだ。

つまり、177センチを1回目でクリアしたのは大きなアドバンテージにもなる。

ほかの選手にプレッシャーを与えることにもなる。

 

それが功を奏したか、残りの2人も1回目は失敗した。


「これって、チャンスじゃね?」


「お、おう!」


河合瞳が2回目でクリアする。

しかしほかの2人は3回ともバーを落とし、競技終了。


戦いはいよいよ、水沢さんと河合瞳の一騎打ちとなった。

係員がバーを180センチに上げる。

おそらく、この高さをクリアしたほうが優勝となるだろう。

手に汗握る展開だった。


「これ、2人とも跳べなかったら水沢さん優勝?」


聡志が言って、僕はうなずいた。


「そうだな」


「大きな声じゃいえないけど、失敗しろ失敗しろ」


「落とせ落とせ」


他人のミスを期待するなんて、スポーツマンとしては失格だ。

 

でもそれが本音でもあるので、僕たちは念波を飛ばして河合瞳を攻撃した。

そのおかげか、河合瞳の1回目、クリアしたかに見えたバーがカコンと落ちた。

足が引っ掛かったらしい。


「あぶね、あぶね、あぶね」


ほっと胸を撫で下ろす。


水沢さんの1回目は肩にぶつかって完全に失敗。

河合瞳は2回目も失敗で、あとがなくなった。


そこで、水沢さんが勝負に出た。

河合瞳にプレッシャーをかける意味で、2回目をパスして次の高さにかけたのだ。


「お、お?」


「どうなる?」


混乱してきた。

ここで、河合瞳が失敗したら水沢さんの優勝。

河合瞳が成功して、次の183センチを水沢さんが跳べなかったら、河合瞳の優勝だ。


「うー。念波念波念波」


手の平をピットに向けて河合瞳を攻撃する。

水沢さんのファンクラブの女の子たちも、両手を合わせて祈りの表情だ。


手拍子の中、河合瞳が助走していく。

スムーズな踏み切りからバーの上の滑らかに通過していく。

美しい跳躍だった。


「にゃっ」


かすかに、ふくらはぎがバーに触れたようだった。

紺色のバーがほんの少し揺れて、だけどそのまま支持柱の上にとどまった。

それを見届けて審判が白旗を上げ、河合瞳が大きくガッツポーズをした。


「はにゃもっ…!」


藤崎小春が変な声を出して、勝負は、そこまでだった。

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