062話 連覇達成


翌週の土日は学祭だった。


陸上部の今年の屋台は、おにぎりとミキちゃん特製のから揚げ。

しかし、出だしは完全に失敗だった。

100人前用意したんだけど、売れすぎて、材料が間に合わなくなってしまったのだ。


慌てて、女子数人を増員して女子寮で下ごしらえをしてもらう。

200円という値段設定がうけたのか、鶏のから揚げは飛ぶように売れていった。

ツナコーンから揚げも200円、ジュースは100円。

ビールやサワーは200円。

この陽気に、揚げたてのから揚げをビールでいただくのは最高だ。


お酒とか勝手に売って怒られないかは知らない。

学生のままごとだから許してください…。


おにぎりは1個100円で、注文を受けてから女の子がお客さんの前で握るシステム。

具が選べるということもあって、こちらも好評だった。

知香ちゃんの発案だ。


「さすがナニワのあきんどだな」


「純利益の5%はもらうさかい!」


屋台の後ろで、知香ちゃんはパイプ椅子に座って得意げにビールを飲んでいた。

その横で、加奈がパクパクとおにぎりとから揚げを食べている。

美味しそうだ。


「織田君。から揚げと、おにぎり2つと、ジュースちょうだい」


「はーい。500円です」


「詩織ちゃん、1個はシャケで1個はおかかがいいな」


「はーい」


「何であたしには頼まないんですか!朴念仁!」


真帆ちゃんがぷんぷん怒る。


ミキちゃんは2つのフライ鍋でひたすらから揚げをつくっている。

真帆ちゃんと詩織ちゃんがおにぎり係。

織田君が飲み物とお会計を担当し、金子君やベースマン寺崎が雑用をしている状況だ。


場所代も人件費がかからないのが幸いである。

それがあったら1億%赤字だ。


(うん?)


ふと気付いたけど、寺崎君のTシャツの絵柄が変だった。

 

背中に、見たこともない怪しげなキャラクターがでかでかとプリントされている。

ナスみたいなキャラクターから手が生えていて、何だかちょっと気持ち悪い。


「ベースマン、背中のそれ何?」


「う」


寺崎君が唸って首を捻った。


「自分でデザインしてみました」


「うん。で、何?」


「地球上には10秒77しか存在できません」


寺崎君はちょっと天然というか、会話がかみ合わないことが多い。

根気が必要だ。


「ベストタイムを更新するたびに滞在時間が短くなっていって…」


「短くなっちゃうんだ」


「好物はあさりの味噌汁です」


「うまいよね」


「苦手なものはスキーのリフト」


「意外とタイミングが難しいよな」


「地球の平和と愛と尽きぬ欲望を守るため、手にしたベースで敵をなぎ倒します」


「欲望」


「そんな、架空のヒーローです」


「なるほど。正義の味方、ベースマン?」


「いえ、米ナスマン」


「米ナスかよ!」「米ナスかい!」


僕と知香ちゃんは同時にずっこけた。

概ね、平和だった。


午後を少し回って、千晶さんがやってきたのでミキちゃんと代わってもらう。

もう4年生になったのに、こきつかって申し訳ない。

でも、こういう裏方は苦にならないらしい。


朝からずっと働いていたので疲れたのだろう。

ミキちゃんはパイプ椅子に座り、大きく息を吐いてポニーテールの髪をなびかせた。

うちわを貸してあげると微笑を浮かべる。

最近またちょっとずつ、関係がよくなってきたような気もする。


「ありがとう」


「疲れたでしょ」


「大丈夫」


「売れると、気持ちいいね」


「そうね。やってよかったわ」


ミキちゃんもまんざらではない様子で、僕もうれしかった。

それに、黒髪ポニー、最高です!


客足は衰えない。

2年生の男子が炊飯ジャーを抱えてやってきて、空っぽの炊飯ジャーと交換して女子寮のほうに戻っていった。

ビールやジュースが切れそうになって、聡志が慌てて買い出しに出かけていった。

去年の売り上げを基準に考えていたものだから、何もかもが予想以上だった。


「夏が来るわね」


ミキちゃんがつぶやいて、僕は空を見上げた。

高い空の向こうに雲が流れていって、季節が、徐々に近付いてきているのが分かった。


「今年も海行こっか」


僕の言葉に反応したのは、ぐびぐびとうまそうにジュースを飲んでいた加奈だった。


「あ、いきたい!海!バーベキュー!」


「また食い物の話か」


「その前に大事なことがあるんじゃないの」


ミキちゃんに言われて、僕は首をかしげた。


「何かあったっけ?」


「前期試験」


「ああ。忘れてたのに…」


自慢じゃないけど、去年、ドイツ語を落とした。


さすがにあれでは駄目だったらしい。

ドイツ語で城について書けという問題だったのに、日本語で書いたアレだ。

第2外国語は2単位ずつ必要で、普通は2年生までに終わる。

だけど僕は3年生になっても苦しめられているわけだ。


「語学嫌いなんだよなあ」


「英語教えてあげよっか?」

 

加奈が手を挙げてぶんぶんと振り回す。

右のほっぺに米粒がついていて、左のほっぺにシャケの切れ端がついている。

ある意味、器用だ。


「お前、ほっぺにお弁当付いてるぞ」


「お弁当?お弁当が付く?」


「う、ええと…、ほっぺにご飯粒とシャケがついてる」


「えっ」


ペタペタとやって、加奈は恥ずかしそうに笑った。

こういう言い回しは通用しないことがけっこうある。


「英語は、まあ何とかなるんだよ」


「なんだ。そっか」


「てかお前、英語なんてできるの?」


「できるよ!帰国子女だもん。ペラペラだよ!」


「あ、そうだっけ。チュニジアは英語?」


「違うけど、アラビア語とフランス語と英語は習った」


「え。全部できるの?」


「フランス語はそれなりだけど、アラビア語と英語は余裕。日本語がちょっと怪しい」


いつもどおりアハハと笑った加奈に、後光が差して見えた。


「すげえ。普通にすごいじゃん!」


「えへへ。もっと褒めて!アルパチーノみたいに!」


「ずいぶんアルパチーノ押すんだな」


「好きなのお!」


加奈は身をくねらせたけど、もちろんちっとも可愛くなかった。


アラビア語はともかく、世界のトップレベルの選手はほとんど英語ができる。

まあ、英語圏を転戦しているから当たり前だ。

必要にかられて、あるいは自分の可能性を広げるために身に付けているのだろう。


世界を相手に戦うつもりなら、英語は覚えておいて損はない。

言葉が分からなくて無駄に緊張したらもったいないもんね。

なので、僕もいっちょやってやろうと思って、現在奮闘中。

なんだかんだで1年近くやってるので、だいぶ上達したように思える。


毎日、何かを勉強するのって、自分をスキルアップさせてるな感じでわりあいに楽しい。

でも、学校の試験は、全然楽しくないんだよね。

なぜだろう…。


「ねえねえ、知香ちゃん」


一応、今回は早めに手を打っておくことにして。

僕は猫撫で声を出しながら、2本目のビールを飲んでいる知香ちゃんに擦り寄った。


「ラテンアメリカ経済論とってる?」


「とってるよ」


そもそも、なぜ僕がラテンアメリカの経済を勉強しなければいけないのか。

将来、ラテンアメリカを転々とする経営者やビジネスマンになるというならともかく。


「あとで、ノート貸してもらえたらうれしいなあ」


「いいよん」


ありがたいことに、知香ちゃんは快諾してくれた。

いつもの、不敵な笑みとともに。


「その代わり…、分かってるよね?」


「やっぱりですか」


「何かを得ようと思ったら、対価を払うのが当たり前でしょ」


「それはそうだ」


「とりあえず、もう一本。ライムサワー」


「ハイ」


非常に軽い財布から、さっと200円を取り出して織田君に渡す。

ささっと織田君が腕で指令を出し、さささっと金子君がサワーを取り出してくれる。

僕はそれを、恭しく知香ちゃんにささげた。


「どうぞ」


「あと、から揚げもね」


「織田君!から揚げね!」


この星島望、単位のためなら猫にでも犬にでもなりましょう。


「揚げたてのやつだよ」


「揚げたてのやつにして!」


「お肉とツナコーン、半分ずつがいい」


「ハーフアンドハーフ!」


「うー、その前にトイレ」


「織田君、トイレ!」


「いやトイレは無理です」


「トイレキャンセル!」


ビールの空き缶をごみ箱に放りながら、知香ちゃんが立ち上がった。

空き缶はごみ箱に入らずにカランとレンガの上に転がったので、僕はささっと拾ってごみ箱に入れた。

それで、体を起こすと向こうから20人ほどの集団が歩いてくるのが見えた。


「ん?」「うん?」


イベントか何かだろうか。

知香ちゃんを並んでじいっと目を凝らすと、集団の中央付近に水沢さんの姿が見えた。

大きなトロフィーを抱えている。


「おっ」「おおっ」


気付いて、背伸びをしながら様子をうかがう。

水沢さんは屋台のところにやってきて、恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。


「優勝しちゃいました」


「おめでとう!」


「咲希ちゃんすごい!」


今年も、ミス絹山は水沢さんだった。

水沢軍団の人数は去年の倍くらいに増えている。

組織票って言われたらそれまでだけど、こういう組織ができてることがすごいわけで。


「手伝いますよ」


腕まくりをして、ビニールの手袋をして水沢さんがおにぎりを握り始める。

あっという間に行列ができる。

水沢さんの前に。

真帆ちゃん、微妙な表情。


「いいなあ…」


心底、うらやましそうに織田君がつぶやく。

僕は、ミキちゃんがいる手前、ノーコメント。


「美人が握ったおにぎり、おれも食べようかな」


金子君が、空気を読まずに宣言する。

水沢軍団の視線が一気に金子君に集まって、やっとそこで気付いたらしい。

テントの前に回って並ぼうとしていたが、数十個の目の圧力に押されて半歩下がる。


「あたしも、一応っ、握ってるのっ!」


真帆ちゃんがぷんぷんと怒って金子君におにぎりを差しだす。


「いやいや、美人って真帆さんのことですよ」


でたーっ。

金子君の、歯の浮くようなおべっか攻撃。


「はに?」


「おれ、真帆さんみたいな人がタイプですから」


「はにゃにゃっ…!」


真帆ちゃんが赤くなって変な声を出して、ぎりぎり金子君は生き延びた。


しかし、今日、帰るときは背後に気を付けたまえ。

駅のホームに立つときも注意しろ。

水沢咲希ファンクラブ代表、藤崎小春が鬼の形相で睨んでいるから。

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