057話 雨上がりの帰路


聡志が駐車場にパシャパシャと走っていって、僕たちはロータリーの手前で待った。

雨はずっと降り続けている。

カラフルなジャージにカラフルな傘で行き交う選手たちが、モノクロの風景に何だかよく似合っていた。


聡志の車に6人乗って、いつものハンバーグ屋さんに出かける。

聡志と僕で割り勘したけど、それでもお札が一枚もない不安な状況になってしまった。

また何か単発のアルバイトを…。


「ね、カラオケいかない?カラオケ」


帰り道、知香ちゃんが訴える。


「カラオケか」


「いいじゃん、たまにはさ」


「お金がもうない」


「おごってくれるなら低利子でお金貸すから!」


怖いです。

ナニワのあきんど、怖いです…。


しかし結局賛同者はいなくて、聡志に絹山駅前まで送ってもらって解散になった。

別に明日、休みというわけでもないし、お金もないのでさっさと帰るしかない。

 

食事をしている間に、雨はやんでいた。

水分を含んだ駅前の夜景が目に美しい。

大都会ではないが、仲浜に比べたらひらけている。

まだ2年しか住んでいないけど、絹山はもう、第二のふるさとだ。

 

「ちぇーっ、久々に歌いたかったのに」


知香ちゃんはまだぶつくさ文句を言っていた。

車を降りると、どんと僕を突き飛ばす。

思わず半歩、後ずさって水沢さんにぶつかってしまった。


「あ、ごめん」


反射的に謝ると、水沢さんは首を傾けて「いえ」と言った。

そっと僕の肩に手を添えて支えてくれる。

一瞬、嫌なことを思い出してしまったけど、水沢さんは笑顔でそこにたたずんでいた。

大丈夫、車が突っ込んできたりはしない…。


ほっとして、知香ちゃんに文句を言おうと思ったけど、


「咲希のこと送ってってあげて」


先に、真っ赤な傘を差しながら知香ちゃんが言った。

だけどすぐに、雨がやんでいることを思い出して、丁寧にたたんで軽く手を振る。


「じゃね」


「あ、ちょっと…」


知香ちゃんはさっさと歩いていって。

織田君も逃げるように帰っていって。

ぶいーんと聡志の車が発進して、水沢さんと2人になってしまった。


思わず、緊張してしまう。

水沢さんはものすごく美人だし、真面目でいい子だ。

でもそれだけに、ちょっと扱いづらい。

ミキちゃんが危険物だとすると、水沢さんは割れ物という感じだ。

加奈や知香ちゃんみたいに、適当に相手をするわけにはいかない。


「いいですよ。一人で帰れますから」


「あ、うん」


うなずきかけて、それは男としてどうなんだろうと考え直した。


「いや、迷惑じゃなきゃ送っていくけど」


住んでる場所を知られたくないとか、一緒にいるところを見られたくないとか。

むしろ近くにいることが嫌だとか。

星島望と一緒だと危険を感じるとか、貧乏人は論外とか。

まあそのような都合が女子にはあるものだ。


だけど、水沢さんは、僕を見てにこりとほほ笑んでみせた。


「迷惑じゃないですよ」


このまま切り取って、何かのポスターに使いたい。

そんな二枚目な笑顔だった。


「じゃあ、そうしよっか」


「はい。送ってもらえると心強いです」


「そっか。女の子だもんね」


「一応、そうみたいです」


何となくいい雰囲気で、歩き出す。

たぶんまた、話題を探すのも大変なんだろうなと思ったけど、意外とそうでもなかった。

水沢さんが、いろいろ気を遣って話しかけてきてくれたからだ。


話題は、ほとんど陸上の話だった。

陸上部だし、まあそのへんが妥当だけど、短距離と走り高跳びだとあまり共通点もない。

フィールド種目に精通していないこともあって、僕は上手に話すことができなかった。


「最近、調子はどうなの?」


聞いてみる。

前に悩んでいたから、ちょっと心配していたのだ。


「いいですよ。練習で178跳びましたし」


「へえ」


驚いてみせたけど、よく分からなかったので正直に答えた。


「ごめん、聞いといて悪いけどよく分かんない」


「そうですね。去年の日本選手権の優勝記録が181です」


「え。じゃあけっこうすごい?」


「まあ練習で何本も跳んでる中での話ですから」


日本記録は196センチ。

20年以上前に出されたもので、女子走り高跳びは低迷していて冬の時代らしい。

去年のランキングの1位が181センチ。

2位が180センチで、3位が178センチ。

最近はとにかく、日本記録に肉薄できるレベルではないようだ。


むろん、世界と戦えるレベルではない。


「なるほど。なかなか厳しいんだなあ」


「そうですね」


「180センチ跳べたら日本のトップクラス?」


「はい。だと思います」


「そっか。じゃあ、今シーズンは楽しみだね」


「この間、オリンピックで金メダルもらってる夢見ました」


「そりゃまた、いい夢だ」


「どんな気分なんでしょうね。金メダル…」


「うーん。想像もできないなあ。まず出れないし」


水沢さんと2人、ぽわんと空を見上げる。

 

こう、大活躍して、首に金メダル。

うまく想像できない。

世界一って、どんな気分なんだろう…。

  

「ともかく、コツコツ一歩ずつ進むしかないか」


「そうですね」


「関カレにも出れるんでしょ」


「そう。そうです。そうでした」


頷くと、水沢さんはいきなり立ちどまって、僕の手をぎゅっと握った。


「星島さんのおかげです」


「いや、おれは何も、別に」


本人はたぶん、あまり深く意識していないのだろう。

 

だけど、男性から見たら水沢さんは意識せざるを得ない存在だ。

いつまでも、手を握られたまま見つめられていると、どうにかなってしまいそうになる。

人通りが少なかったら、きっとどうにかなっていただろう。


「あの、手を…」


「あ、失礼」


ぱっと離される。


「すみません。癖で」


じっと、僕の目を見つめて、柔らかく微笑して首を傾げる。

何というか、いろいろ心臓に悪かった。

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