054話 単純王星島


トライアルが終わるとすぐにミーティング。

記録や近況を踏まえて、監督から関カレの代表が発表された。


男子100mは、高柳さんと荒川さん、それと石塚祐介さん。

4年生3人が選ばれて、僕は落選した。

トライアルのタイムでは3番目。

でも、石塚さんとほとんど差がなかったし、実績と安定性がかわれたのだろう。

残念だが仕方がない。

僕が監督でもそうするからだ。


「4Kは、一走から荒川、星島、高柳、石塚。サブに本間と十文字」


バインダーを見ながら稲森監督が言って、僕はどきんとした。

選ばれた。

4Kだが、関カレの代表に選ばれたのだ。


授業中に先生に褒められたときみたいに、何となく恥ずかしくてくすぐったかった。

思わずキョロキョロと周囲を見回したけど、誰も何も言わない。

落ち着きがないのでじろりとミキちゃんに睨まれて、僕は慌ててうつむいた。


(やった。やったよ。やりました)


思わず、浮かれてしまった。

3年目にして、ようやく関カレデビューだった。


(今日は、一人で、お祝いしよう!)


ミーティングが終わると、軽めの全体練習。

選ばれたのがうらやましかったのか、聡志が罵声を浴びせてきたけど気にならなかった。

やっと3年生になれたというか。

胸を張って、おれは3年生なんだぞと1年生に言える気がした。


「けっ。浮かれやがって、この、絹大のボクネンジンがっ」


聡志がぶつぶつと言っている。


「朴念仁って何ですかね」


1年生に聞かれて、聡志はうれしそうに説明した。


「ボクネンジンってのは、鈍くてダメなやつって意味」


「いや、それは知ってるんすけど。どういう由来の言葉かなって」


「ボクネンジン…」


はい。

聡志先生、どうぞ。


「あれじゃね。アフリカの、ボクネンっていう国の人…」


1年生、無反応。

まあ、その程度のことしか言えないバカなので許してあげてください。

もうちょっとひねれよな…。


ちなみに、まだ新1年生の顔と名前は一致していないが、おいおい覚えていくだろう。

今年は埼玉星明高校の出身者が多いのも特徴で、短距離ブロックだけで4人もいた。

陸上王国として有名な高校である。


「星島さんってどこなんですか」


高校の話をしていると、その埼玉星明出身の1年生に聞かれた。

金子光輝君。

去年のインターハイ4位で、今のところ、1年生筆頭のような位置か。


「宮城県立仲浜高校。知ってる?」


「聞いたことないですね」


後ろのほうで、同じく仲浜高校出身の織田君が笑っている。


「知らないの?3年連続全国優勝したんだぞ?」


「全国優勝?」


「いや、吹奏楽で…」


笑いが起きる。喜んでいただけて幸いです。

そもそも、仲浜高校はですよ。

埼玉星明みたいに、毎年20人以上高校総体に選手を送り込んでいる高校とは違うんですよ。

監督もコーチもいないし環境も整っていないから、強くなりようがない。


「埼玉星明って部員何人ぐらいいるの?」


「ええと。60人ぐらいですかね」


「あれ。そんなもん?」


「あ、男子部が60人で、ほかに女子部と駅伝部があるんですけど」


「うへ」


簡単に言うけど、ものすごい人数だ。


「全寮制?」


聡志が聞いたけど、金子君は首を振った。


「いや、寮はありますけど陸上部は全員ではないです。野球部とサッカー部は全員寮生かな。毎年、スポーツ推薦だけで300人ぐらい入ってきますからねえ」


「そりゃすごいな」


「何しろ生徒数が6000人ですから」


「ヒャー」


普通の高校とは比較にならない。

仲浜高校は1学年100人にも満たないので、同学年は全員、顔と名前は一致していた。

誰が何部かというのも、ほぼ全員把握していた。


でも、1学年に2000人もいたら、見知らぬ顔がたくさんいるわけだ。


「うちなんか全校生徒120人」


そういったのは、ひょろりとしたのっぽのベースマン寺崎だった。

有名なバンドのベーシストに似ているので、ベースマンと呼ばれているらしい。

無口で、あまりぺらぺらしゃべるほうではなさそう。

でも、能面のような顔でボソボソと呟くことがある。


「ベースマン、どこだっけ」


「長洲東高校」


「…何県?」


「鹿児島です」


「知らない…」


要するに、そういう高校が強くなるのは難しい。

そこそこ才能のある選手が入ってきたとしても、その選手がちょろっと活躍するだけ。

卒業したらまた弱小校に逆戻りしてしまうわけ。


まず、大事なのは環境だと思う。

指導者とか資金規模とか施設とか。

選手がやる気を出せる雰囲気とか。

そういうものを全部ひっくるめた環境が大事なのだ。


「でも、無名の学校からポーンとすごい選手が出てきて、学校名とセットで覚えられるってカッコいいよな」


荒川さんが言って、金子君がうなずいた。


「あー、ありますねえ。内羽の玉城、とかカッコいいですよね」


玉城豊は、日本歴代2位の記録を持つ選手。

10秒0台でぽんぽん走るし、世界大会にもばんばん出ているすごい選手だ。


「内羽と聞いたら玉城豊としか出てこないもんな」


しかしまあ、そういうことが起きるのは10年に一度くらいだ。

飛び抜けて速い選手は大抵、みんなが知っているような名門から出てくる。

当たり前だが、中学の段階で速い選手は名門校に進むからだ。

東でいえば埼玉星明、西でいえば愛知の常陽商業とかだ。


「群馬第二の荒川、とかですね」


「よせよオイィ」


「いやいや、荒川さんとか有名じゃないですか」


「オイイィ!」


金子君がお世辞を言って、荒川さんがその肩を叩く。何のプレイだろう…。


和気あいあいとした雰囲気の中、いつものように一通りメニューをこなす。

それが終わり、村上道場で練習しようとすると、高柳さんがパンパンと手をたたいた。


「荒川、石塚、星島はこっち来るように」


偉そう。

あ、荒川さんがちょっとイラっとしたのが分かった。


「なんだよ」


「4Kだよ」


言われてまたどきりとした。

正直、4K自体久しぶりだ。

しかも、こんなレベルの高いメンバーでやるのは初めて。

ものすごく緊張する。


失敗したら、チーム全体に迷惑がかかる。

個人種目のほうがまだ気楽だ。


「1走は荒川な。星島が2走でおれが3走で、アンカーが石塚」


「よ、よろしくお願いしまう…」


「おう」


軽く、ジョグをしながら4人でバトンパスの練習をして、個人間の練習に移った。


テーピング用のテープをタータンの上に貼っておく。

僕は、スタート位置につく。

荒川さんが走ってきて、そのテープのところに到達したら僕は一気に走り出す。

テイクオーバーゾーンに入ったらバトンを受け取る。


リレーのバトンパスの一連の作業は、ちょっと言葉では説明しづらい。



まあこんな感じ。

ゾーンの手前でバトンを渡したり、渡す前にゾーンを超えたら失格になる。

そうならないようにテープの位置を調整しているわけだ。


「もうちょっと早いほうがいいですかね」


「いや。こんなもんだろ」


荒川さんとの連携は、わりとスムーズだった。


10本くらい、繰り返して感覚をつかむ。

2走と3走のところは明日ということにして、30分くらいでリレーの練習は終わった。


「お疲れ」


「おつかれした」


その足で、僕はミキちゃんのところに向かった。

サーキットトレーニングに使っていたハードルを一人で片付けていたので慌てて手伝う。

ミキちゃんはちょっとだけ僕を見て、それからぷいっと視線をそらした。


「手伝わなくていいから練習すれば」


「あ、うん。休憩中だから」


「そう」


相変わらず、ぎくしゃくしている。

だけど、僕はめげなかった。


「4Kのメンバーに選ばれた」


「おめでとう」


「何かお礼をさせてください」


「要らない」


「じゃあ、何かお祝いして!」


「おめでとうって言ったでしょ」


「あ、うん…」


あっさり撃沈。

 

無言のまま、ガチャガチャとハードルを片付ける。

空気が重くて嫌になるけど、話しかける勇気がなくて僕は黙り込んだ。

ミキちゃんも何も話さず、ときどき、春の風に髪がなびくだけだった。


「ありがとね」


片付けを終えて戻ろうとすると、ふいに、背後からミキちゃんに声をかけられた。

振り向くと、ずっと仏頂面だったミキちゃんが、不器用にちょっとだけ頬を持ち上げた。


「うん!」


それだけで、いろいろ悩み考えていたことがどこかに飛んでいってしまう。

我ながら、単純だと思った。

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