052話 大和撫子


朝、眩しい日差しで目が覚めた。


(むん?)


僕はベッドに寝ていた。

ゆうべ、2次会はカラオケに行った。

最後なので、感極まって泣き出す女子もいた。

危うくもらい泣きするところだった。

それから、さらに飲み直そうとかいって杏子さんのマンションで飲んだのだ。

ミキちゃんと新見はいなかったが、かなり集まった。

亜由美さんとか、本間君とか、あまり交流のない人もけっこう来ていたように思う。


それでいいかげんに酔っぱらって。

みんな帰ったあと、3人でベッドに倒れ込んだまでは覚えている。

例によって、千晶さんと3Pしようとか杏子さんが大騒ぎして。

それからどうしたんだっけ…。


(あ…)


やば。

千晶さんとキスした記憶ある。

杏子さんともしたような気がする。

やばい。どうしよう…。


(むーん…)


頭が痛い。

現実的にも痛いし、心情的にも痛い。

誰もいないベッドの上で首だけ持ち上げると、柱時計が9時半を示していた。

体を半分だけ起こすと、ドアが開いてバスローブ姿の杏子さんが顔をのぞかせた。


「あ。起きた?」


「あ…、おはようございます」


杏子さんは部屋に入ってきてベッドに腰かけた。

こっちを向いて足を組むもんだから、もうちょっとで見えそうだ。


「ご飯食べる?」


「まだいい」


見えそう…、で見えないのが何とも悔しい。

ちらちら見ていると、杏子さんと目が合った。

気付かれてしまったらしい。


「何見てんのさ。エッチ!」


「あ、いや、別に」


座り直して、ぴしっとバスローブを重ね合わせる。

期待していたような展開にはならなかった。


ちゃんと、付き合いたいと言えば、たぶん、杏子さんは受け入れてくれたと思う。

だけど、ミキちゃんにふられて、それなのにすぐに杏子さんと愛し合って。

それで今さらそんなことを言うのは白々しいし、そもそも男らしくない。

どうでもいい女の子だったらまだよかった。

でも、相手は、大好きな先輩の杏子さんなのだ。


せめて、もう少し時間があったらと思う。

せめてあと1年、一緒にいられたら…。


「早く食べてくれなきゃ困るのよ。今日は忙しいんだから」


「あ。うん」


卒業式だ。

杏子さんに急かされて寝室を出る。

キッチンには千晶さんがいて、恥ずかしそうな笑顔を見せてくれた。


「おはよ」


「あ、おはようございます」


あいさつすると、千晶さんは姿勢をただし、カウンターに両手を付いて頭を下げた。


「泥酔していたとはいえ、夕べは大変失礼いたしました」


嗚呼、大和撫子。

僕は思わず杏子さんを見た。

杏子さん、大あくびをしながら頭をぽりぽりとかいている。

お嫁さんにするなら、絶対に千晶さんだと思う。

もっとも、深く付き合ってみないと本当にどんな子なのかは分からないと思うけど。


「や…、こちらこそ、すいません…」


「ご飯食べるよね」


「いただきます」


顔を洗い、杏子さんの隣に座ってスポーツドリンクを飲む。

キンキンに冷えていて美味しかった。


食事を終えると、杏子さんと千晶さんは寝室にこもった。

着物を着るらしい。

ときどき、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

着付けなんてできるのかな。

なんとなく、千晶さんならできる気がするけど。



1時間くらい、ぼんやりとテレビを見ていると、がちゃりとドアが開いて美女が出てきた。

普段はまるで化粧っけのない杏子さんが、艶やかな着物をまとっている。

まごうことなき、大和撫子だ。

僕は思わず見とれてしまった。

女って怖いなと思った。


「杏子さん…?」


「そうだよ。変?」


「いや、なんか、すごいきれい」


「いつも汚いみたいに言わないの!」


いつもどおり、杏子さんはウヒヒと笑ったけど、ものすごくきれいだった。

僕は今になって後悔し始めたけど、残念ながら杏子さんはこの日で卒業なのだった。

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