048話 雪のバレンタイン


やがて、もてない男子にとっては悲しい日その1がやってきた。


でもその日は、いつものメンバーで、クリスマス兼杏子さんの誕生日会をやった。

誰も彼も恋人がいないかと思うと少し悲しいが、28日には忘年会もやった。

年明けには新年会を兼ねて、新見及び加奈の誕生日会もやった。


年末年始とちょっと遊びすぎたような気もする。

でも、普通の大学生の半分も遊んでいないだろう。

みんなで集まって鍋を食べるくらい、可愛いものだ。

鍋っていいですよね!


「あれ。もう2月だ」


「こないだ年明けたばかりだったのに、早いねえ」


1月もあっという間にすぎて、2月になる。


そして、もてない男子にとっては悲しい日その2がやってきて、奇跡が起こった。

練習後、トボトボと歩いて部室に戻ってくると、生まれてこのかたチョコレートなど一度ももらったことがない男が、スレンダーな美女から愛の告白とともに大きめの包みをもらったのだ。


「はい、星島、愛してる。チョコだけじゃなくて、今夜はあたしのこともぱっくんちょって食べてね!」


杏子さんだった。

 

もらえるような気はしていた。

もらえるような気はしていたけど、期待はしていなかった。


日本一の中学生になったときも。

高校に入ってちょっぴり仲のいい女の子ができたときも。

大学に入ってからも。

淡い期待はすべて悲しみにつながってしまったからだ。


それが!今! ついに!

世界のチョコはすべてこの僕のものに!


僕はぎゅっとチョコを握り締めて、じいんと杏子さんを見た。


「杏子さんありがと。うれしい」


「え。何、泣いてるの?」


「泣いてない。泣いてないよ」


僕はぎりぎり泣いていなかったが、天は泣いていて、雪が静かに降り出してきていた。

ハッピー・バレンタイン!


「私からも」


「え。千晶さんも?」


正直、ものすごくうれしい。

自然と頬が緩む。

でも、直後に新見が部室から出てきて僕の前に来たときにはさすがに疑った。


「はい。星島君、チョコレート」


「え。何、ドッキリ?」


思わずカメラを探したけど、そうではないようだ。

新見はちょっと恥ずかしそうな笑顔を見せた。


「約束してたじゃん」


「いや、そうだけど、本当にもらえると思ってなかったから」


「ふーん」


杏子さんが新見のチョコを覗き込んで、それから僕を見る。

ちょっと気に食わなそうな表情。


「さすがあたしの星島。もてるじゃん」


「杏子さんの星島じゃないけど最高にうれしいです」


「チョコ3つくらいでスケール小さいなあ。あれ見なよ」


杏子さんに言われるまま視線を動かす。

大きな紙袋を抱えた水沢さんが、よいしょと部室から出てきたところだった。


あれが全部、チョコレートらしい。

しかも、真帆ちゃんにも1袋持たせている。

あっけにとられていると、僕たちに軽く会釈。

真帆ちゃんと肩を並べ、水沢さんはトラックの出口に向かって歩いていった。


さすが、今年度ミス絹山。

何か、いろいろと完敗だった。


「考えが甘かったか…、チョコだけに」


呟くと、杏子さんに黙って首を絞められた。


「す、すいませんでした…」


「分かればよろしい」


杏子さんたちが帰っていって、部室に入ってさっさと着替える。

誰もいないので、こっそりチョコの包装紙を開けてふたを開けようとしたところで、誰かの話し声が聞こえて慌ててふたを閉じて包みを丁寧に直す。

堂々としていればいいのだろうが、もらい慣れていないからこんなものだ。


「あ、お疲れーっす」


「う、あ、ウン」


聡志と織田君だった。

そっとバッグの中にチョコをしまうと、織田君が羨ましそうな顔で見る。


「いいっすね、星島さんはもてて」


「いえ、そんなことないと、思いまっす」


「…どうしたんすか?」


「いや。お先に失礼いたします」


「あ、お疲れっす」


そそくさと部室を出る。

急ぎ足で歩いていってトラック出口の階段をのぼり、金谷山駅から電車に乗り込んだ。

さっさと家に帰ってチョコを観賞しようと思った。


今日はスーパーでカツ丼とバナナを買おう。

野菜も食べなきゃ。

キャベツを買って山盛り刻んでドレッシングをかけて食べよう。

豪勢な食事だ。

それでチョコを観賞して、毎日ちょっとずつ食べよう。


何という、贅沢か!


絹山駅に着いて、うきうきと駅を出たところで、新見とばったり会った。

同じ電車だったらしい。


「お」


「あら」


すぐに、新見は眩しい笑顔を見せた。


「帰るの?」


「うん。新見は?」


「知香ちゃんち行くとこ」


「そっか。途中まで一緒に行く?」


「星島君ち、こっち?」


「そそ」


「へえ。なんで知香ちゃんち知ってるのかなあ」


「いや、前にたまたま」


「あははは。何で慌ててるの」


いつものように、新見は明るかった。

 

その代わり、辺りはもう真っ暗になっていた。

アパートへのなだらかな坂の途中で、雪はいつまでも降り続けていた。

2月中旬にしては、珍しいことだった。


歩道を、二人でゆっくりとのぼっていく。

ひらひらと舞う雪の結晶が、新見の髪にへばりついてやがて溶けていった。

道路にはうっすらと、積もり始めている。


「星島君、チョコもらってたじゃん」


髪を撫でながら新見は言った。

何だか恥ずかしかったけど、新見の笑顔には他意はなかった。

真冬なのに春の木漏れ日のようだ。


「生まれて初めてもらった」


「そっかあ。好きな子からはもらった?」


「え、も、もらってない」


「そうなんだあ…、残念」


「うん。でも、まあ、ミキちゃんはあんまこういうイベント好きじゃなさそうだし」


「ミキちゃん?」


「え。ミキちゃんって?」


「今言ったじゃん」


僕は鼻水が出そうになるほど驚いた。

浮かれすぎていたのか、無意識に口に出してしまったらしい。


ごまかそうとして、お味噌が足りない頭をぐるぐる回転させて考える。

でも、所詮、僕の頭脳ではいいアイデアなど思いつくはずもなかった。


「星島君が好きなのってやっぱりミキちゃんなの?」


僕の顔を見る新見の目がきらきらと輝いていた。


「いつもミキちゃんミキちゃん言ってるし、絶対そうだと思ってた!」


いつも、ずっとそばにいてくれた。

いつも、僕のことを気にしていてくれた。

不器用で、適当なところで我慢すればいいのに、思ったことは全部口にしてしまう。

おかげで周りと打ち解けることができず、みんなから誤解される。

いつも仏頂面で、友達もろくすっぽいない。

それで寂しそうに一人でご飯を食べている。


そんな女の子を、僕はいつの間にか好きになっていた。


「そっか、やっぱりミキちゃんかあ!」


「あう…」


はじめは、すごい美人だなと思った。

だけどすぐに、こんな性格の悪い子は嫌だと思った。

それが誤解だということに気付いたのは、いつだったのだろう。

ミキちゃんは別にひねくれているわけではなく、いつもまじめで真剣なだけなのだ。

みんなから敬遠されているのを自分でも知っていて。

だけどそれを何とかする術を知らなくて。

おかげでいつもひとりぼっちで。

 

そんな子のことを、僕以外に誰が守ってあげられるというのか。

気付くと、僕の視線はいつもミキちゃんを追っていた。


「あ、あれだ、内緒、内緒、内緒だよ」


たぶん、新見なら冷やかしたりからかったりすることはしないだろう。

 

そう思って頼むと、新見は立ち止まって僕を見て、ミキちゃんみたいに眉毛を動かした。

意外な反応だった。


「いいけど、ミキちゃんに言ってあげないの?」


「それは、まあ、そのうち」


「星島君のそういうところ、どうかと思うけどなあ」


「うん…」


それは自覚している。

自覚しているけど、言い訳をさせてもらえば、ジュース一本、ごちそうしようと思っても断られちゃう相手だからどうも難しいのだ。

僕みたいな初心者が、ミキちゃんのような女の子を扱うのは難しいかもしれない。

もっと自分に自信があって包容力があって…。

要するに柏木さんみたいな、いわゆる大人の男が合うんだと思う。


「ちゃんと言ってあげて。ミキちゃんも星島君のこと気になってると思うから」


「そ、そうかな?」


「たぶん。何となく。女の勘?」


鈍感な新見の言葉だから当てにはならないけど、そう言われるとそんな気もしてくる。


「いい?約束だよ」


「あ、うん」


「よし。指切り!」


新見が笑顔で小指を差し出して、僕は照れながら指切りをした。

 

恥ずかしいけど、うれしかった。

本当に、駄目もとでミキちゃんに言ってみようかなと思った。

新見の前向きなエネルギーに当てられて、何となく勇気がわいてくる。


「じゃ、あたしこっちだから」


坂の上の分岐点までいくと、僕を見て新見は言った。


「あ、うん」


「ばいばーい」


「じゃね、おっ…」


宮城出身のくせに、不覚にも、うっすらと積もった程度の雪で転びそうになる。


残念ながら、僕は背中に目が付いていないので、そのあとのことはよく分からない。

新見が僕を支えようとしたのか、単に僕が新見にぶつかっただけなのか。

とにかく僕と新見は接触して、それで新見の身体が少しずれた。

 

直前まで、何も予兆はなかった。

耳元でいきなりクラクションが鳴ると同時に、僕の身体は乗用車に弾き飛ばされた。

どこがどうぶつかったのか分からない。

だけど、かなりの衝撃でどすんと民家の塀にぶつかり、ぞっと背筋が凍った。


(…っ!)


そして、それに気付いて、僕は慌てて振り向いた。

だけど、僕の背後に新見はなかった。


一瞬前まで笑顔だった新見の身体は、10mほど向こうのアスファルトの上で、生気なくぐにゃりと折れ曲がっていた。

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