041話 秋に向かって


9月6日、インカレが終わった。


絹山大学の女子スプリントは、まさに圧巻。

100mで新見が、200mで千晶さんが、400mで杏子さんが優勝を果たした。

4Kとマイルリレーも制覇し、もはや敵なしの完全優勝だった。

特に、千晶さんのマルチぶりはここでも爆発。

1人で賞状を5枚も持って帰る活躍ぶりだった。


男子100mは柏木さんが2位、高柳さんが4位だった。

勝ったのは栄邦工業大学の後藤俊介。

これでインカレ4連覇とか、わけの分からないことになっている…。

鳥羽化学への入社が決まっているが、先の世界陸上でも予選突破したし、前途洋々だ。


これで、大学生としては大きなレースはほとんど終わり。

今後の大きな大会としては10月上旬に国体があるくらいだろうか。


熱い夏が、今年ももう終わろうとしている…。


「だーれだ」


まだまだ残暑が残っている中、村上道場で練習をしていると後ろから首を絞められた。

そんなことをするのはもちろん杏子さんしかいない。


「きゅっ、杏子さん」


「あははは。きゅって何、きゅって」


本当、この人は相変わらずだ。

 

だけど練習は真面目で、ライバルの小林由紀さんにリベンジしようと日々頑張っている。

ライバルと同じ所属はどうかと思うが、ライテックスへ就職が決まり、こちらも前途洋々。


「んー。何か星島に触るの久しぶり」


ぴったりと体を密着させて、杏子さんは僕の頭をくりくりと撫で回した。

曇り空で風も吹いているが、それでも相当暑苦しい。

それに、ミキちゃんが見ているのでちょっと困った。


いや、そもそも久しぶりとか嘘なのだ。


「何さ、変な顔して」


「あ、いや。ミキちゃんに怒られるので」


片方の眉を持ち上げて、ミキちゃんが僕たちを睨んでいる。

休憩中ならともかく、練習中に遊んでいると怒られるのだ。


「おーこわ。女のやきもちって怖いね」


「またそういうことを…」


「星島のバーカ!」


バシンと僕の頭を叩いて、杏子さんは練習に戻っていった。割と痛かった。


インカレで引退した4年生も多い。

そのまま陸上人生を終えて、普通の社会人となるわけだ。

今までいた人がいなくなるのはとても淋しい。

杏子さんとも、もうすぐ会えなくなってしまうのだ。


想像すると何だか涙が出そうだった。


「卒業、か…」


呟いてみる。僕も来年は3年生だ。

この間、入学したばかりなのにもう半分が過ぎようとしている。

最近よく思うのだが、僕たちには時間がなさすぎる。

短い選手生活の中ですべて終わらせなければならないのだ。


「キ~ン」


一周してきたのか、杏子さんが背後からどすんと体当たりしてくる。


「離脱!」


そして、ミキちゃんに睨まれる前にたたたっと走っていく。

何だか別の意味で涙が出そうだった。


「まったく、あの人はもう…」


わざと大きな声でつぶやいて、ミキちゃんに怒られる前に練習を再開。


今日のメニューのトップは、1500m走だ。

毎週1本、走らされているけど、それにもちゃんと意味がある。

ミキちゃんがいろいろ言っていたけどよく分からない。

僕はただ、言われるがままに淡々とやっているだけだ。


「あー。ハラヘッタ」


走り終えると、エネルギーが切れたのか聡志が倒れた。

 

珍しく、お金が全然なくて昼ご飯を食べなかったらしい。

車関係でお金が飛んでしまったそうだ。


「うん。減ったな」


「焼き肉食べてえな」


「しかしそんな金はない」


「うむ。星島、なんかおごれ」


「無理」


「牛丼でいいから食べさせてください」


「そういう態度なら考えてやろう」


おしゃべりしつつも練習はハードにしっかりこなす。


村上道場のメニューが終わったのは7時すぎだった。

練習後半では、例によってクインシー・ロジャースのビデオを見せられながらフォーム改造に取り組んだのだが、正直、あまりよくなっている気がしなかった。

あとでミキちゃんに相談してみよう。


そんなふうに考えながらダウンをして、部室で着替えて外に出る。

聡志と一緒に出口に向かいながら、財布を取り出して中身をチェックしていると、ばたばたと誰か走ってきた。


「のぞむくううん!お腹すいたあああっ!」


加奈だった。

腕をつかまれ、がくがくと揺すぶられる。

こう、メタルバンドのライブの最前列の客の状態。


「ご飯!お金ない!ご飯ない!」


「なんで片言なんだよ」


「ご飯!死んじゃう!」


たぶん、聡志との会話を聞いていたのだろう。

一緒にご飯を食べにいきたいらしい。

しかし僕らは何というか、起きる、部活、ご飯、寝るの繰り返しの人生だ。

あまり遊びにもいかないしデートもない。


いかにも体育会系といえなくもないが…。


「分かった。分かったよ、安いやつだぞ」


言うと、加奈の表情がぴかっと光った。


「わーい!のぞむくんのおごり!」


「そんな騒ぐなよ…」


「お・ご・り!お・ご・り!のーぞむくんの、お・ご・り!」


節を付けて加奈が大騒ぎするので、聞きつけて織田君がやってきた。


「星島さんのおごりっすか?おれも行きたいなあ」


「あ、うん。いいよ」


「いえーい!のぞむくんのおごりーっ!」


加奈がまた大騒ぎして、それを聞きつけて知香ちゃんが。


「げ。星島くんのおごり?」


「やほーい!のぞむくんのおごりーっ!」


それを聞いて水沢さんが。


「私もいいんですか?」


「うほーい!のぞむくんのおごりーっ!」


「おい、待ちやがれ」


「はう?」


このままでは大変なことになる。

僕は慌てて制止したけど、聡志におごるだけの予定だったのに、人数がいつの間にか6人になっていた。


「お前なあ…」


「何?」


きょとんとした表情の加奈。

 

そうだよね。

そういや、ミキちゃんが最初に言ってたよね。

常識を教えるのは無理って。

ミキちゃんは、常に正しいです…。

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