035話 潮風と彼女の事情



その後、荷物を持って、真っ白く焼けたアスファルトの坂道をぺたぺた歩いていく。


100mほど坂を降りるともうビーチだった。

狭くて何もなくて、人影はまばらだったけど、ごみ一つ落ちていないきれいな砂浜だった。

まるで、プライベートビーチのようだ。


潮風がかすかに匂う。


白い風景が太陽を反射して、僕たちをじりじりと照りつけた。

黙っていると息が詰まって、僕は大きく空気を吸い込んだ。

真っ赤な、夏の匂いがした。


「わーっ。うーみーっ!」


加奈がはしゃいで走っていく。

千晶さんと杏子さんが手をつないでその後を追っていって、僕と聡志はパラソルとチェアをセットした。

所在なさげに立っているミキちゃんに勧める。


「どうぞ」


「うん」


ミキちゃんが遠慮がちに座って、聡志は僕を見て下手くそなウインクすると波打ち際に向かって歩いていった。


杏子さんが、聡志を手招きする。

近付いていく聡志。

杏子さんが何やらしゃべりながら海の底を指差す。

なんかいるのかな?

聡志もそう思ったようで、水の中を覗き込む。

それを杏子さんが後ろからドーン!


「にゃーっはっはっはっ」


高笑いが聞こえる。

僕も行こうかなと思ったけど、ちょっと考えてミキちゃんの隣に寝そべった。

マリンブルーの海ではしゃぐ水着の美女たち。

何となくそれを見つめていたけど、やっぱり、そこにミキちゃんがいないのは残念だった。


真夏の午後の潮騒の中、僕はちらちら、ミキちゃんの様子をうかがった。

帽子の下、珍しく長い髪をきちんと束ねている。

オレンジイエローのTシャツにハーフパンツ姿で、何てことのない格好なんだけどすごく綺

麗だった。


「いい体してるわよね」


ふいに、ミキちゃんが挑発的に言って僕は驚いた。

何と答えればいいのかわからず、悲しいぐらい、しどろもどろになってしまう。

常識人を自認しているだけあって、こういうイレギュラーには弱いのだ。


「あ、え、でも服着てるからよくわからないけど」


「ん?」


「いや、さっきはあんなこと言ったけどさ、実は水着姿見たかったんだよ、うんホント」


ウンウンとうなずいてみせる。

ちらりと見ると、ミキちゃんの眉毛が持ち上がっていた。


「何言ってるのよ」


「え?」


「私じゃなくて前原さん」


「あ。なんだ」


言われて、見てみると、加奈が笑顔で何か喚きながらこっちに向かって手を振っている。

派手な勘違いだったらしい。

この暑いのにどっと冷や汗が出た。


「体格か。体格の話ね」


あまりにも恥ずかしくて、僕は燃え尽きた。

僕の表情を見て、今さら気付いたのか、ミキちゃんも慌ててそっぽを向いた。


「星島君、いつもそんなことばっかり考えてるわけ?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、ちょうどミキちゃん見てたからさ」


波の音で会話が途切れる。

波打ち際で、加奈がこっちを見てしつこくぶんぶんと手を振っていた。

軽く手を挙げて応えておいて、僕はまたミキちゃんを見た。


ぼんやりと、ミキちゃんはどこか遠くを見つめていた。

どこを見ているのか知りたくて、だけど何も聞けなくて。

僕はただ視線の先を探っているだけだった。


太陽と、風と、波の音と。

幾巡か、それらが過ぎていったけど、ミキちゃんはずっと遠くを見つめていた。

眠っているわけではなさそうだったけど、ただじっと、チェアに横になってぼんやりとして

いた。


「ミキちゃん、何か飲む?」


聞いてみたけど、ミキちゃんは僕のほうを見ようともしなかった。


「要らない」


「あ、そう…」


「泳いでくれば?」


「うん。でも、ミキちゃん淋しいかなと思って」


「別に」


「だよね…」


立ち上がって、立ち上がったけど特に何をしようというあれもなくてまた座る。


きっとミキちゃんも退屈しているだろう。

そう思って話題を探したけど、うまい具合には見つからなかった。

ミキちゃんみたいな子と、共通の話題を探すのはけっこう大変だ。


だけど、実際のところはどうなのだろう。

ミキちゃんも、相手によっては楽しそうに話したりするのだろうか。


「ミキちゃんって、彼氏いないんだよね」


念のために聞いてみると、目の端で睨まれた。


「だから?」


「あ、いや、例えば、どんな人がいいのかなって思って」


眉毛を持ち上げて、ミキちゃんはぷいっとそっぽを向いた。


「自己管理ができる人」


「ほう」


「それと人前で女の子といちゃいちゃしない人」


「ふむふむ」


「推薦入学じゃないからとか、うじうじ悩まない人」


「ふうん…」


皮肉というか当てこすりというか、どう考えても、僕のことを言っている。

ちょっと心外だったので、僕はきちんと座りなおしてミキちゃんのほうを見た。


「おれ、言っとくけど、最近はちゃんと自己管理してるよ」


「へえ」


「炭酸は(あまり)飲んでません。野菜もちゃんと食べてます」


「そう」


「それに、前はちょっと気にしてたけど、今は推薦とか気にせず頑張ってるし」


「ふうん」


「あと…、杏子さんがベタベタしてくるのは、何度も注意してるんだけど」


ちょっと眉毛を動かしただけで、ミキちゃんは何も言わなかった。

だから、どう思ったのかは分からなかったけど、とりあえず、彼氏がいないことを知って、何となくほっとしたのだった。

0コメント

  • 1000 / 1000