020話 気遣いの苦手なヒト


30分後。

たこ焼き屋の前には売り子が3人もいた。

新見沙耶、水沢咲希、浅見杏子という豪華な面々だ。

 

千晶さんは誰がいくつ売ったかカウントする係。

急激に売り上げが増えたので、聡志は懸命にたこ焼きを焼いていた。

たこ焼き屋でバイトをしていたことがあるので、素人にしては上手だった。


「なあ。どうしてこうなったのかな?」


僕は、「商品」と書かれた段ボールを首からひもでぶら下げていた。

もちろん杏子さんの仕業だ。

 

様子を見に来た前キャプテンの柏木さんが、笑いながら紙パックのジュースをくれた。

お気に入りの、いちごオレ。

めちゃくちゃ甘くていかにも人口甘味料なんだけど、なぜかうまいのだ。

銭湯のコーヒー牛乳にはかなわないけど。


「なんだ、商品って」


「何なんでしょう…」


「もてるな、星島は」


「そうじゃないですけど。3人集まったんで、せっかくだから勝負とかいう流れになって」


「なるほど。誰に勝ってほしい?」


「いや、誰というか…、新見の独壇場じゃないかと」


「そうか」


僕の横に座りながら、柏木さんはうなずいた。

知名度という点で新見がほかの2人を圧倒的に引き離しており、勝負にならない。

何しろ、テレビでよく見る有名人だ。

普段は遠巻きに見ている感じだが、ここぞとばかりに握手だのサインだのを求めてくる。

水沢さんも人気なんだけど、当然それは狭い地域内でのディープな人気であり、新見にはかなわない。


そして、予想通りといったら失礼だが、真っ先に杏子さんがさじを投げた。


「やーめた。ばかばかしい」


ぶつぶつと文句を言う。

だけど、今やめたら逃げたと思われるのが嫌なのか、


「べ、別に、負けそうだからとかじゃなくて、つまり…、ずっと立ちっぱなしで脚とか痛い気がするし?」


また、ぎこちなく言いながら、僕のひざの上に横向きに座りさわさわと頬を撫でてくる。

なぜ、その体勢に。


「別にこんなことしなくたって、星島には毎晩相手してもらってるからいいもんね」


「してません。してませんからね!」


お約束に周囲が笑った。

そんなセリフのほうがすらすら出てくるっておかしいと思うよ…。

 

だけど、杏子さんがさじを投げるまでもなく、すぐに勝負は続行不可能になった。

たこ焼きを焼くのが追いつかなくなってしまったのだ。


「終わりにしましょうか」


千晶さんの提案で、勝負は終わった。

数では新見が圧倒的に一番だったけど、悲しいかな、商品には興味がないようだった。


「ね、ご飯食べに行こ」


僕の頭をくりくりなでながら、杏子さんが言う。

みんな見ているし、できればひざから下りてほしい。


「いいですけど」


「それともあたしのこと食べちゃう?」


「ご飯ですね」


「おれも行きたい行きたい」


たこ焼きを焼きながら聡志がアピールする。


「暑い。疲れた。腹減った」


「店番は?」


「あー、もうすぐ長距離の人来ると思う」


聡志が言っているそばから、長距離ブロックの人が来たので屋台を交代してもらった。

聡志以上のたこ焼きのプロがいるのだ。

 

その名も、鏑木亜由美、3年生。


なぜか高柳キャプテンと付き合っていて、なぜか後ろ回し蹴りが得意で、なぜかたこ焼きも焼ける人。

そもそもなぜあんなに速いのに、長距離の弱い絹大に入ってきたのか。

とにかく謎が多すぎる美人ではある。


「はいはーい、交代するよ」


聡志と交代するなり、すさまじい勢いでたき焼きをひっくり返し始める亜由美さん。


もうね、いつひっくり返ったか分からないぐらいです。

手が、残像のように…。

プロ並みで、通りがかった人が脚を止めてみるほどだ。


「なんでそんなうまいの?」


千晶さんが尋ねると、亜由美さんは少し振り返った。


「え~?」


「すごい上手だから。たこ焼き。なんでそんなにうまいのかなって」


「ああ」


「……」


「……」


質問には答えず無言になる。

何だろ。

たこ焼きがうまく焼ける理由、言えないってことあるのかな…。


「柏木も行く?」


杏子さんが、やっと僕のひざから降りてくれたと思ったら、今度は柏木さんのところに行って肩をなで回した。

何となく、ジェラシー。


「そうだな。どこも混んでそうだけど」


「ま、行ってみよ」


「学食でいってみるか」


「がくしょくぅ?」


杏子さんはぶつぶつ言ったけど、とりあえず、聡志と柏木さんと、それから新見と水沢さんと千晶さんと、とにかくみんな一団となってぞろぞろと学食へ向かった。


「混んでるじゃん」


入り口のところで、杏子さんが立ち止まってうれしそうに言う。

そうかな。

そうでもないような気がする。

覗いてみようとすると、ぐいぐいと身体を押し戻されてしまった。


「やめよやめよ。どっかおいしい店いこ」


「…何食べたいんだ?」


「何でもいいよ。中華でも。パスタでもなんでもいいけど、中華とか…?いや別になんでもいいんだけど、別に」


またぎこちない。

人を褒めたり、協調的に振舞おうとしたり、よく思われようとしたり、そういうときにぎこちなくなるのかも。

あれだ。

周りの目を気にするとそうなっちゃうのかな。

ぎこちない女王…。


「杏子は中華食べたいのか」


「え?いや、何でもいいって言ってるじゃん。中華でもいいって言ってるだけで」


「そうか。安くてうまい中華ならすぐ近くにあるけど」


「え~?じゃあそこでいいんじゃない?」


新見がくすくす笑う。

何かおかしいかって、杏子さんの分際で人に気を遣っているのがおかしいのだ。


金谷山駅の裏のほうは、学生用のアパートや民家があるだけだ。

その中に、派手な看板の古い中華料理屋があった。

学生が相手の商売なのか、各種定食が580円と、激しく安い。

味は、予想通り濃かったけど美味しかった。

杏子さんが鶏肉のカシューナッツ炒めを食べながらビールを飲み始めて、僕も一杯だけ付き合わされた。

アスリートが、真っ昼間からビールを飲むのもどうかと思うが、たまにはいい。


「柏木、ごちそうさま!」


「分かった分かった」


杏子さんにはっきり言われて、苦笑しながらも柏木さんが食事代を出してくれた。

そうは言いながらも、ちゃんと半分出すのが杏子さんの偉いところだ。

この人、普段はあれだけど、尊敬すべきところはものすごく多い。


普段は、あれだけどね…。

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