019話 なぜその体勢に


6月に入って、ちょっとした事件が起きた。

学祭の日、練習がオフなのでぐっすり寝ていると、電話で聡志に起こされた。

ミキちゃんが学祭のミス絹山大学コンテストに出場するというのだ。


「マジでか」


「マジでだ」


もちろん、ミキちゃんがそんな浮ついたイベントに自分から出場するわけもない。

実はミキちゃんのゼミの山倉教授が、勝手に応募したそうなのだ。

あとでそれを知ったミキちゃんが山倉教授を殴ったというのが、かの山倉教授暴行事件の真相らしい。


暴力はいけない。

暴力は断固としていけないが、勝手に応募するのもあれなので、まあどっちもどっちということで、両者の話し合いにより、ミキちゃんがコンテストに出場することで不問にする、ということになったようだ。

ソースは聡志。

本当かどうかは知らない。


「何時からやんの?」


「12時から」


「…もう12時半じゃん」


「さっき聞いたんだよ。ミキちゃん出てるって」


「おせえよ。時差考えろ!」


「ロシアじゃねえっての!」


やいやい騒いでから電話を切って、間違いなく間に合わないと思いながらも準備する。


電車に乗って大学へ。

教えてもらった場所に行ってみたけど、着いたのは2時。

既に終わって会場を撤収しているところだった。

もう次のイベントの準備を始めている。

閑散としていて、誰もいなかった。


仕方なく、人込みの中、学生協前広場に行く。

陸上部で、たこ焼きを焼いているらしい。

どうせ売れてないんだろうと思っていたら、陸上部の青いテントのところに何だか妙に人だかりがあった。

近付いていってみると、「本年度ミス絹山のいる店」とマジックで書かれた紙が看板に貼られている。


「お?」


聡志が陸上部の屋台で奮闘していた。

そしてその横に、水沢さんが立っている。


「おう。遅かったな」


聡志がたこ焼きを1パックくれる。

保健所の許可とかどうなっているのかは知らない。


「え、水沢さん?ミス絹山?」


「うむ。断トツだったらしい」


「すごいな!」


「おう!」


本人は、客寄せパンダになっていて、写真を撮られたり握手をお願いされたり、抱きつかれたりされている。

そのほとんどが女子で、目がハートマークになっている子も少なくなかった。

いや…、男子はいないな。

こんな女子の群れに飛び込める男子、この世にいますかね。


「すごいな…」


「おう…」


水沢さんは地元の出身だから、もしかすると後輩なのかもしれない。

あれだ。

ファンクラブの子かな。

それにしても異様な光景だけど…。


「はー、売れねえなぁ…」


聡志がぼやく。

水沢さんに頭を撫でてもらったり、握手をしてもらったり一緒に写真を撮ったりサインを強請ったり、女の子たちの行動は多種多様だったけど、誰一人としてたこ焼きには興味がないようだった。

聡志は銀色のパイプ椅子に座り込むと、恨めしそうに女の子の輪を見やった。


「失敗だったか、この作戦は…」


「そいや、ミキちゃんは?」


「15位。16人中」


「15位?」


聞き返すと、聡志はカクンと首を垂れた。


「夜叉のような顔をしてたらしい…」


「ああ…」


僕もカクンと首を垂れた。

きっとふてくされていたのだろう。

ものすごい性格が悪そうに見えたに違いない。

いや、実際に性格にはかなり難があるんだけどね…。


たこ焼きを食べながらぼんやりしていると、やがて、杏子さんと千晶さんが綿菓子を食べながらやってきた。

仲良く学祭を回っているようだ。

あいさつをすると、杏子さんは綿菓子を少しちぎって僕の口に押し込んできた。

それから、後ろに回ると僕の頭の上にごつんとあごを乗せる。


なぜ、その体勢に。


「売れてる?」


杏子さんの質問に聡志は首を振った。

実際、僕が来てからまだ1つも売れていない。

いつつくったのか分からない在庫が山詰みの状態だ。


「そりゃまあ、ロシア人が売ってたら買いづらいよなあ」


言うと、聡志はペシペシと僕のひざを叩いた。


「日本人!純粋な!生まれも育ちも山梨!」


「あれ、確か山梨は北方領土と交換になったんじゃ…」


「まだなってない!」


「そうだっけ」


「杏子さん、手伝ってくださいよ」


聡志が手を合わせてお願いした。

杏子さんはどんな表情をしていたのか、僕の頭の上なので見えなかった。


「やだよ。めんどくさい」


「あ、私、手伝いましょうか」


小耳に挟んだのか、女の子に囲まれながら水沢さんが言った。

可愛い女の子を一人、胸に抱いて髪の毛を撫でている。

うらやましい。

どちらの立場も。


「お、ほんと?じゃあお願い!」


「むーう…!」


ぞんざいな扱いをされて不満だったのか、頭の上で杏子さんが唸った。

何となく、嫌な予感がする展開だった。

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