018話 問題児と優等生


スタートからの加速練習を再開すると、聡志と、1年生の女の子がそれに加わった。

宮本真帆ちゃんだ。


「よろしくお願いします」


「あ、うん」


聡志いわく、真帆ちゃんはインターハイ3位の期待の選手。

最近はミキちゃんにくっついていろいろと教わっているらしい。

 

身長はあまり高くなくて、ちょんまげ頭なので引っ張りたくなるけど我慢する。

ほとんどしゃべったこともないし、いきなりそんなことをしたら引っぱたかれそうだ。

どことなく気の強い顔をしている。


「星野さん。ちょっとそこいいですか」


「はい?」


「邪魔です」


「あ、はい…」


スタート地点をうろうろしていたので邪魔だったらしい。


いや、それは邪魔って言われたからまあ分かったんだけど、星野さん呼ばわりのほうが気になった。

もう、聡志のことをサトルって呼ぶのはやめにしよう。

意外と傷付くものだ。


「村上道場も門下生が増えたなあ、星野さん」


聡志はうれしそうに笑った。


「そうですなあ、ハギワラサトルさん」


「それよりさ、今日飯食いに行かね?」


「うん…、金ないや」


「いいよ。たまには奢っちゃる」


「え、マジで?」


「マジで」


「ありがとう、橋本聡志さん!」


「どういたしまして星島望さん!あんま高いのは駄目だぞ」


「じゃあ…、牛丼の特盛り?」


「安上がりな男だな…」


聡志は笑ったけど、それは概ね正しい。

安上がりというか、僕は基本的に貧乏性なのだ。

いや、貧乏性じゃないな。貧乏なんです…。


聡志はいかにも今どきの大学生で、講義はあまり出ずに、部活のほかにバイトに励んでいて小金を持っている。

もちろん(?)彼女はいない。

趣味は洗車。

学生の分際で8人乗りのでかい車で、暇があればしょっちゅう磨いているようだ。


「ハンバーグにすっか」


「おう。ドイツとの関係は最近どうなの?」


「だからロシア人じゃねえっての!」


聡志はどすどすと地団駄を踏んだ。

加奈のクセが、移ってしまったようだった。


「はい、遊んでないで」


「あ」「すみません…」


ミキちゃんの眉がすうっと動いたので、大人しく練習再開。


練習を切り上げたのは7時前だった。

着替えて、部室の外で聡志を待つ。

別に中で待っていてもよかったんだけど、長距離軍団がいっぱいいたので、邪魔にならないように外に出たのだ。


(ふう)


僕が外の空気に触れたほんの数秒後。

女子のほうのドアが開いて、水沢咲希が出てきた。

地元の絹山女子高校出身のハイジャンプの1年生。

切れ長の目が印象に残る中性的な美人だ。


身長は175センチ前後。


僕よりちょっと低いぐらいで、あからさまにモデル体形だ。

二枚目で、ベリーショートだけどきれいな髪。

女の子から圧倒的な指示を得ており、カリスマ的な存在として早くも学内で注目を浴びつつ

ある。

噂では、ファンクラブがあるとかないとか。


だけど僕は水沢さんとはほとんど接点がなくて、あいさつぐらいしかしたことがなかった。

宮本真帆ちゃんもそうだけど、入学してきたばかりだしね。


「お疲れ様です」


「あ、お疲れさま」


避けようと思って左に動いたら、水沢さんも同じ方向に動いてぶつかりそうになる。

なので、今度は右に動いたらまた水沢さんも同じ方向に動いた。

例の、恥ずかしいパターンのやつだ。


それで、何となく目が合った。


水沢さんは、切れ長の目をますます細めて首をかしげた。

軽く、微笑を浮かべるけどそれがまた二枚目だ。

やばい。

水沢さん、いいかも…。 


「失礼します」


水沢さんは会釈をして僕の横をすり抜けていった。

うちの女性陣には問題児が多いけど、水沢さんは優等生のようだった。

しゃんと伸びた背中を見送っていると、ドアが開いて部室から問題児Aが出てきた。

女の子なのに、肩を落として背中を丸めて、いかにも疲労感が漂うだらしない姿勢だ。


「うー。ハラヘッタ」


杏子さんだった。

言いながら僕を見て、それから歩いていく水沢さんの背中を見て、また僕を見た。


「咲希としゃべってたの?」


「え、いえ、別に」


「ふうん…」


杏子さんは僕をじろじろ見て、それからふんと鼻を鳴らした。


「言っとくけど、あの子狙っても無駄だからね」


「べ、別にそういうんじゃないんだから」


「ならいいけど。あの子、レズビアンだから」


想像を超えたことを言われて絶句していると、杏子さんは自分の鼻に人さし指を当てた。


「内緒だよ」


「え、あ、はい」


僕は慌てて頷いた。

女子高出身だし、いかにも女の子にもてそうな風貌だし。

実際にいつも女の子に囲まれているし。


今だって、長距離の1年生の女の子が慌てて追いかけていって横に並んだ。

言われてみれば確かにそんな感じに見える。

あれこれ想像して何だか無性にドキドキしてしまった。


「そんじゃね」


「あ、お、お疲れさまでした」


杏子さんが千晶さんと一緒に帰っていって、それからすぐに聡志が出てきた。


「お待たせ。いくべ」


「お、おう…」


「ん?なんかあった?」


「いやいや、なんもないよ」


思わずしゃべってしまいそうだが、内緒だ。

内緒だが、しゃべってしまいそうだった。


トラックを出て、駐車場まで歩いていって聡志の車に乗り、郊外にある小さなハンバーグレストランへ。

よくあるチェーン店ではなく、ドイツ人のシェフがいる、個人経営の小さな店。

たまに来るんだけど、かなり本格的な味のわりに、値段はライスとスープ、サラダ、ソーセージつきのハンバーグセットで880円と、お値打ち価格だ。


「久々だなあ」


呟きながら、木の床をごつごつと歩いていって席につく。


メニューを見るけど、奢られるほうの立場は微妙だ。

高からず安からず、適当なところを選択するのが難しい。


「デートで来ればいいじゃん」


運ばれてきた水を飲みながら聡志が言う。

僕だって、可能ならそうしたいところだ。


「誰とだよ」


「えーと。ミキちゃん?」


問題児Bね。


「なんでミキちゃん?」


「いつも楽しそうにしゃべってるじゃん」


「あれが楽しそうに見えるのか」


「いや。あんまり」


「だろ」


「まあ冷静に考えればそうだよな。星島ごときがあんな美人に相手にされるわけないか」


「そうだよな。でも腹が立つのはなぜだろう」


ハンバーグセットが出てきて、しばし食べるのに夢中になる。

いつもコンビニやスーパーの弁当ばかりなので、牛丼以外の外食はごちそうだった。

肉汁たっぷりのハンバーグもおいしいけど、この店のソーセージが無性にうまいのだ。

太くてジューシーで、これだけでご飯が何杯でも食べられそうな感じ。


肉万歳。

白いご飯最高。

炭水化物万歳。


「でも、思い切って誘ってみればいいじゃん」


何か魂胆でもあるのか、しつこく聡志が繰り返した。


「何でそんなに勧めるんだよ」


「いや、まあ相手は誰でもいいんだけど。加奈ちゃんは?」


「何か問題児ばっかだな…」


「じゃあ杏子さん」


「じゃあっていうか、問題児の最たる人だろ」


「誰だっていいんだよ。星島がうまくいったら、女の子紹介してくれってそれこそ堂々と言えるだろ」


「いまいち意味が分からないけど、ロシア人の女の子に知り合いいないぞ」


「ロシア人じゃなくていいから!いや可愛けりゃロシア人でもいいけど!」


何のこっちゃ…。

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